先日、堀田善衞氏の長女である百合子さんから、メールをいただきました。 そのメールによると、講談社文芸文庫から出た「戦後短篇小説再発見15 笑いの源泉」に、堀田氏の短篇が収録されているとのこと。講談社文芸文庫といえば、既に短編を主に集めた「歯車/至福千年 堀田善衞作品集」がラインナップに並んでいますが、今度はアンソロジーへの収録となったようです。というわけで、さっそく、書店に出向いて買ってきました。
収録されている作品は「ルイス・カトウ・カトウ君」という、1966年に「文学界」に発表された短編です。ちょっと簡単に内容を記してみましょう。
「ルイス・カトウ・カトウ君」とは、キューバを訪れた小説の語り手(堀田氏と同一人物と考えていいでしょう)に、案内役件通訳としてついた日本人二世の名前。カトウ・カトウとなるのは、スペイン風の名前のつけ方によるもので、父の姓のカトウと、結婚してカトウ姓になった(ここだけ日本風)母の姓の両方を入れているからだそうです。
カトウ君は、漢字はわずかに読めるだけで、両親からアルファベット(!)で教わった日本語を使って話をします。その言葉は、イタという時にはヰタ(WITA)、言ウが言フ(IFU)になるという、既に現在の日本では使われていない、古風な発音を持っていました。発音だけではありません。ボキャブラリーも古く、日本ではとおに使われなくなった「年貢」という言葉も「監獄所」や「恩給」も彼の中では「生きた」日本語として使われているのです。
こんな言葉遣いのカトウ君と語り手は、さまざまなことを語り合います。キューバの歴史、日本人移民の歴史、カトウ君の生い立ちや将来の夢。これらの話題は、いったりきたりしながら語られるのですが、その文章の進み具合は、極小から極大までのあらゆる事柄をいっぺんに体験しているような、現実味があるようなないような、不思議な感触があります。その中で語り手は、カトウ君の言葉をききながら、古い日本語がそこに生きていることにある種の喜びを感じます。
不思議ななまりもあるカトウ君と語り手の会話には、深刻な話をしていても、常にユーモラスな雰囲気が漂います。
たとえば
「日本語モ、ムチカシーモンネ」
「ほんとだ……。なかなかむちかしーよね」
「日本ノ人ニデモ、ムチカシーのですか?」
「そう、むちかしーよ」
というやりとり。
あるいは
「ソレカラ、結婚(ケコン)モシタイ」
「日本の女の人と?」
「ソウデス。キューバノ女モヨイヒトガイルケド、背ガ高イモンネ」
「それゃ困ったねえ」
(略)
「でも、日本の女も近頃は背が高くなったよ」
「ソリャ困タネエ」
「そりゃ困ったねえ」
というやりとりもあります。
どちらも爆笑を誘うというわけではありませんが、その不思議な間合いで繰り返されるやりとりに、頬がゆるんできます。
今回のアンソロジーのタイトルは最初にも書きましたが「笑いの源泉」です。
「笑い」というと、堀田善衞氏の持つイメージ−−「戦後派を代表する作家」「乱世を描くことで現代を鋭くを切り取る作家」とは、ちょっと遠いように気がします。しかし実際には、堀田氏と「笑い」は非常に近しいものなのです。「ルイス・カトウ・カトウ君」を読めば、それはとてもよくわかると思います。またこの短編を読めば、そのほかのエッセーや長編のなどのそこここに、共通する笑いの感覚があることもわかるようになると思います。
ここまで書いてふと思い出したのですが、『路上の人』の前半に笑いについて書かれた部分がありました。なぜカトリックにとって、キリストが笑ったか笑わないかがなぜ重要であるかを説明した部分です。
「何故なら、笑いは他に対する批評であり、自己評価でもありうるからである。 また、もしそれが批評でありうるならば、批評は、異なるものの排除や断罪を意味するものではなく、異なるものの存在を評価し、許容するものでなくてはならないだろう」
この一文は、決して『路上の人』の中だけで通用するものではないでしょう。
読者は、カトウ君を笑いますが、それは彼の不自由な日本語をあざ笑っているわけではありません。彼の言葉を通じて、現代の日本から遠く、しかし確固として存在している、彼の人生を、キューバの歴史を受け入れているあかしとして、笑うのです。カトウ君の言葉が話しているうちに次第に現代風に変化するさまを見て、語り手が「悲しいような味気ないような、砂を噛むような心持」になるのは、そのことの裏返しなのです。
笑いを通じて、カトウ君は読者の中に生きるようになります。だからこそ、苦い現実をユーモアで縁取ったこの短編の最後におかれたカトウ君の一言が、とてもユーモラスでかつ哀切に感じられるのだと思いました。
「時代と人間」通信目次
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