堀田善衞の『方丈記私記』のアニメーション化、それも商業映画としてつくること、いや、つくれるか。この途方もなく常識はずれで、成算も何もないと判っている思いつきを、空想の中で転がしている。いくら日本のアニメーション業界というものが、見境も身の程もわきまえずに、何でもかんでもフィルムにしてしまう所でも、『方丈記私記』の映画化は非常識をはるかに跳びこえている。だからこそ、空想で転がす分には良い気分になれるのだが、時折は真剣に組立てを考えたりするのだ。
とたん、自分の教養のなさ、宗教を避けて来たための浅さ、映像の元になる材料のストックの不足につき当り、なにより今までの文法では不可能だと思いしらされる。しかし、諦めたわけではなくて、釣糸はたらしつづけている。中世の絵巻の復刻本を眺めている内に、何かが釣針にかかったような気がして、ひと晩興奮したりする。
途は遠い。でも、この楽しみを手離す気にはなれない。
(堀田善衞全集・内容見本 筑摩書房 一九九三年三月発行) 『出発点』(徳間書店)より
『方丈記私記』は、堀田氏の戦中体験を、長明が目撃した乱世の風景に重ねて「方丈記」を読み解いた長編エッセイ。「無常感」と短絡的に解釈されがちな「方丈記」だが、堀田氏の筆を通して見えてくるのは、大乱世の現実をリアリスティックに見すえて生きた一人のジャーナリストの姿である。単行本は一九七一年。毎日出版文化賞受賞。
|