1971年から1986年までの15年間に書かれた短編を集めた中世小説集。
方丈記にも記されている安元の大火を扱った『酔漢』、傭兵隊長の存在を通じてヴェネチアという都市国家のありようを描いた『傭兵隊長カルマニョ−ラの話』の2編を除くと、残り5編(『至福千年』『ある法王の生涯――ボニファティウス八世』『方舟の人』『メノッキオの話』『聖者の行進』)はキリスト教を題材としている。
いずれの作品にも、人間の愚かしさはどこから来て、どのように世界を覆い尽くしてしまうのか、という問いかけとともに、中世を極限まで生きた強烈な人間像が描かれている。
単行本『聖者の行進』は1986年11月、筑摩書房より刊行された。
「酔漢」
安元三年、京都樋口富小路の小家に五人の侍が集まって、浮かぬ顔で酒を飲んでいた。あるくだらない理由で、侍の一人、成田兵衛為成が流されるというのだ。陰鬱な酒宴はやがて狂騒状態となっていく。
「至福千年」
千年王国の到来をうたうキリスト教の歴史は、同時に悲惨な殺戮と不寛容の歴史でもあった。堀田が本文中に「この作品を、私はある諦念を持って書いた」と記さねばならないほど、苛烈な十字軍遠征の実相がここに記されている。
「ある法王の生涯――ボニファティウス八世」
ダンテの『神曲』の中で、魔王ルシフェルよりも不吉な影を持って描かれた法王ボニファティウスとは一体どのような人物だったのか。前法王は、ボニファティウスに対し「お前は、狐のように法王位に忍びより、ついで獅子のように支配をし、やがて犬のように死ぬであろう」と予言したという。
「方舟の人」
中世末期、ローマ法王が南仏アヴィニョンに居住した「アヴィニォン幽囚」を題材に、法王が3人並び立つほどの異常事態の中を生き抜き、ついには全世界を破門したベネディクトゥス十三世の生涯を描く。
「傭兵隊長カルマニョーラの話」
柔らかい泥の中に打ち込まれた杭の上に出来上がった都市、ヴェネチア。そのヴェネチアの傭兵隊長を務め最後は死刑になった人物を通じて、ヴェネチアという都市が培った哲学を浮き彫りにする。
「メノッキオの話」
山間の村にいる粉屋のメノッキオ。議論好きの彼は、領主や司祭にさえ、この世の根源について議論を吹きかけた。そんな彼が、異端審問官に目をつけられることになる……。
「聖者の行進」
ブラジルの内陸を覆う旱魃と貧困。そこに「精神錯乱者にして神託受領者、偏執狂者にして聖者、預言者にして悪魔」である教区顧問アントニオ師が、姿を見せ、途方もない事態を巻き起こす。
堀田は「堀田善衞全集」の著者あとがきでこの短編集について次のように述べている。
「これらの短編を書くについて、筆者が心掛けたことは、何よりも勁(つよ)い日本語が書きたいということであった。そして勁(つよ)い日本語が書きたいという願望が、題材として西欧中世の輪郭のはっきりして、強烈な性格の人物たちを選ぶ結果になったことは、何とも皮肉な次第であった。」
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