Main Contents
2006年10月24日
挿入歌「牧歌」のはいったCD『Largo(ラルゴ)』発売
CD発売・着うた配信のお知らせ
アンサンブル・プラネタが歌う「種山ヶ原の夜」の挿入歌「牧歌」を含むアルバムCD『Largo(ラルゴ)』が
ポニーキャニオンから、11月15日に発売されます。
規格番号:PCCA-2369
価格:2,940円 (税抜き 2,800円)
アーティスト:アンサンブル・プラネタ
レーベル:ポニーキャニオン
盤種:CD
発売予定日:2006年11月15日(水)
日本語の歌もいいですねぇ。美しい声とハーモニーがす~っと入って来ます。
―男鹿和雄
♪曲名リスト
1.だったん人の踊り/A.ボロディン
2.ラルゴ~交響曲第9番「新世界より」/A.ドヴォルザーク
3.交響曲第40番第1楽章/W.A.モーツァルト
4.浜辺の歌/作詞:林 古渓 作曲:成田為三
5.パヴァーヌ/G.フォーレ
6.春の日の花と輝く(アイルランド民謡)
7.威風堂々第1番/E.エルガー
8.ジムノペディ第1番/E.サディ
9.ハンガリー舞曲第5番/J.ブラームス
10.恋はみずいろ/A.ポップ
11.子守唄/J.ブラームス
12.スカイ・イズ・ザ・スカイ/書上奈朋子
13.牧歌/宮沢賢治(「種山ヶ原の夜」挿入歌)
着うた: 11/1(水)スタート
着うたフル: 11/15(水)スタート *CD発売日です
★『Largo(ラルゴ)』全曲を配信致します。
2006年9月28日
宮沢賢治イーハトーブ館にて
9月23日、24日に、上映会が行われました。
岩手日日新聞の記事を紹介します。
花巻市高松の宮沢賢治イーハトーブ館で23日、24日、スタジオジブリが制作した賢治作品のアニメ上映会が行われた。
同市や盛岡市などからも親子連れら約100人が観賞に訪れ、同館ホールで「種山ヶ原の夜」と「セロ弾きのゴーシュ」両作品を楽しんだ。
2作品は、ともに賢治の原作を同社がアニメ化し7月にDVDを発売。
生誕110年に合わせ、同社が市教委側に開催を打診し、上映会が実現したという。
この日は、50人にジブリ特製の絵はがきセット(3枚組)もプレゼントされた。
盛岡市小杉山から訪れた森三紗さんは「『種山ヶ原の夜』が素晴らしかった。標準語では雰囲気の出ない作品だが、方言がきちんと表現されていて良かった」と満足げに話していた。(初出:『岩手日日新聞』2006年9月24日)
2006年8月11日
「ジブリ美術館の夜」
8月8日に、三鷹の森ジブリ美術館(予約制)にて、応募総数3928通の中から、20歳以上の方150組300人を招待した「ジブリ美術館の夜」という開館以来初めての大人だけの夏の夜のイベントが開催された。そこでは「種山ヶ原の夜」の上映会と、アンサンブルプラネタのミニコンサート、男鹿監督が描かれた原画を約20点展示。日ごろは子どもたちの笑い声で包まれた元気なジブリ美術館も、三鷹の森の中に浮かぶ柔らかな光に包まれた大人の美術館に一変。毎日が忙しい大人たちに、落ち着いた雰囲気の中で美術館の展示物と「種山ヶ原の夜」の世界をゆっくり味わってもらった。
17時を回り、開場。今日に限っては、大人だけ。
ホワイエには、男鹿監督の原画を展示。来館された三鷹市の清原市長をはじめ、みんな一点一点、丁寧に観賞していた。
土星座で「種山ヶ原の夜」を上映。
続いて中央ホールでアンサンブルプラネタのミニコンサート。映像で流れた歌を聞いてもらった。澄んだ声が、静かな美術館に響き渡る。
カフェもライトアップされ美しい。
ジブリ美術館中島館長と男鹿監督からアンサンブルプラネタに花束が渡された。
好評だった夜のイベント。また、次回をお楽しみに。
2006年7月28日
角館イベント・ミニレポート
男鹿和雄第一回監督作品『種山ヶ原の夜』のDVD発売と同タイトルの絵本の刊行を記念して、さる6月25日、男鹿さんの故郷でもある秋田の角館(秋田・旧太田町出身)で上映会と作品の歌を担当したアンサンブル・プラネタのミニコンサートが開催された。
東京から新幹線で約3時間の遠い北の地角館は、快晴。緑も濃く、もう夏のような暑さ。
森の匂いが空気に混じっているような土地での上映会の模様をレポートする。
上映会が開催されたのは、わらび座という劇団の小ホール。
白いスクリーンの前の床に、座布団を並べて見るという昔懐かしいスタイルで行われた。
観客は、地元の秋田放送を通じての募集に応募してくれた約300名の方々。
赤ちゃんをおぶったり幼児を連れた親子づれが多い。
そこにDVD『種山ヶ原の夜』の声を担当してくれた角館の子供たち、その父兄や親戚、男鹿さんの小学校時代の友人や、恩師など関係者も一緒になって見るという肩肘はらない雰囲気だ。
アンサンブル・プラネタの4人が、司会をお願いした秋田放送アナウンサー高橋美樹さんの声に導かれて、白いドレスでまず登場。「サリー・ガーデン」「ニーナ」、「庭の千草」そして作品の中で流れる「ラルゴ」「牧歌」を歌う。
宮沢賢治が作詞した「牧歌」は、賢治の作詞どおり方言のままに歌われる。アカペラで歌うのだが、その透明感のあるソプラノとアルトの声が、聴く人の想像力をはばたかせる。種山ヶ原の風景を歌った「牧歌」は、そこがどんな場所なのか、一度たずねてみたいと思わせてくれるのだ。
そして『種山ヶ原の夜』の約27分の上映。方言だけで進行するこの作品に、一生懸命それを聞き取ろうとするかのように、多くの人の体が前のめりの感じになっているのが暗い中でも見て取れる。時折赤ちゃんの声がしたり、それを小さな声でなだめようとするおかあさんの声が聞こえたりするのが、夏祭りに催された野外での上映会を思い起こさせる。エンディング近く、アンサンブル・プラネタの歌とともに「種山ヶ原」の風景を右から左へゆっくりパンし、天候もそれとともに変化していくシーンが大きなスクリーンに映し出されると、ひときわ絵の美しさが際立つ。
上映のあと、会場からは自然と拍手が。種山ヶ原での一夜を主人公の伊藤君と同様夢の世界に遊んだかのような、はればれした空気が会場に流れた気がする。
明るくなった場内に男鹿和雄監督と、角館出身でこの作品の子供以外の声をすべて担当した俳優の山谷初男さんが登場。
話題はやはり、方言のことに。
方言で山谷さんが「男鹿さんの演技指導は、よくないと何も言わねぇの。いいと言われねば何回でもやるしかないべ。ねちっこいなと思いました(笑)」と語れば、男鹿さんからは「そんなに何回もやってもらいましたっけ?(笑) 最初から山谷さんにお願いしようと思っていたし、せりふについてもおまかせしたつもりでした(笑)。方言はわかりにくいかもしれないけれど、人も方言も自然と同じように、その場所の風景のひとつと考えました。だからあえて、原作のままに全編方言でやりとおしました。出演してくれた子供たちも最初は難しそうでしたが、秋田の方言のDNAがあるとみえて、完成してみるとりっぱに方言をしゃべってくれています。本当にありがとうございました」とお礼が述べられた。
最後に楢や柏の樹霊として出演した子供たちも登場。
その日はじめて完成画面を見た子供たちは、「自分の声が普段と違って聞こえてびっくりした」、「ほんとに映画になったんだ。よかったという気持ちです」、「方言は喋るのが、難しかった」、「印象に残ったことは収録もだけど、そのあとみんなでした鬼ごっこ(笑)」など、それぞれの感想が話され、その正直な意見に会場はより一層なごやかさに包まれた。
宮沢賢治作品にとって方言は大事な要素。賢治の研究家たちも、それぞれその使い方には意見があるといわれている。会場を訪れてくれた賢治の親戚にあたる宮沢和樹さんも、「『種山ヶ原の夜』は最初からワッと人々がとびつく作品じゃない。それをあえて、方言のままでやってしまったことが凄いですよね。これからいろいろな議論がなされるかもしれませんが、それにしたがってこの作品も徐々に人々に知られていくことになるんじゃないでしょうか」と感想を話された。
方言にこだわった男鹿さんの気持ち。それは、ふるさとを愛おしいと思う気持ちならではのものだろう。
男鹿さんのこのこだわりが、映像を通して人々に伝わるかどうか、製作をした私たちも楽しみにしたいと思う。
2006年7月 3日
男鹿和雄インタビュー
「種山ヶ原の夜」のDVDと絵本を制作した男鹿和雄さんに話をうかがいました。今回のDVDをつくることになったきっかけや、『種山ヶ原の夜』という作品との出会い、宮沢賢治作品について想うことなどをじっくりと語ってもらいました。
インタビューは、小冊子 『熱風』 に掲載されたもので、より多くの人に読んでもらいたいと思い、ここに再掲載します。
種山ヶ原との出会い
――
原作となった宮沢賢治の『種山ヶ原の夜』に出会ったのはいつ頃だったのでしょう?
男鹿
はっきりとおぼえてはいないのですが、「もののけ姫」(97年)の制作が終わった頃だと思います。
僕は本を読まない子供だったものですから、賢治の作品は『風の又三郎』や教科書に載っている作品くらいしか読んだことがなかったのです。それでちょっと読んでみようと思いましてね、仕事もかたづいて時間ができたときに、
ちくま文庫の全集を買い込んで、タイトルを見ておもしろそうだと思った短編から読んでいきました。
『種山ヶ原の夜』も種山ヶ原という名前に惹かれたのだったと思います。妙な名前だなと。
そのときは種山ヶ原が実在する場所だということも、賢治が多くの作品の舞台にしていることも知りませんでした。
どこかに実在するのかなと、漠然とは想像していましたけれども。
――
同じ賢治の作品で、『種山ヶ原』というタイトルの作品もありますが、どちらを先に読まれたのでしょう?
男鹿
『種山ヶ原』の方だったかもしれないです。『種山ヶ原』は、『風の又三郎』に近い作品だなと思いました。
その後に『種山ヶ原の夜』を読んで、印象に残っていました。『種山ヶ原の夜』は北上山地の種山ヶ原の高原で、3人の農夫たちと伊藤という青年が、早朝からの草刈りに備えて一晩を過ごすという話です。
僕にとってはこういう生活感のある作品のほうが、物語のなかに入っていきやすいのです。
都会に住む人にとっての生活感からは離れているとは思いますが、そうしたことになぜ生活感を感じるかというと、僕自身、高校2年生の時に2週間、草刈りのアルバイトをしたことがあるからかもしれません。
『種山ヶ原の夜』の登場人物のように、草を刈るために夜中から出て行くということはありませんでしたが、高原で突然雨が降ってきて、雷が鳴って、ベテランの草刈りの人に「鎌を遠くに捨てろ!」といわれたり、飯場でのちょっとした出来事も今でもよく思い出されます。自分もそういう体験をしているので、草刈りは生活の一部であるという実感があるんです。ただ、草刈りをする場所の描写が原作には出てこないので、あとで絵にするときに困りました(笑)。
――
「DVD用になにかつくってみないか」と提案があったとき、すぐに『種山ヶ原の夜』を挙げられたと聞きました。
そのときには、具体的なイメージが出来ていたのですか?
男鹿
そのときは、なんとなくこんな作品にできたらいいなというイメージしかありませんでした。
僕はずっと背景美術の仕事をしていて、演出するのは初めてです。あとになってたいへんな仕事だとわかりましたが、そのときは紙芝居風の映像にすれば出来るかもしれないと軽い気持ちでやらせてもらうことにしたのです。
でも、やはり背景美術と演出は、まったく違うものでした。 僕は自分も物語の中に入り込んで、登場人物が見た風景をそのまま再現したいわけです。絵だったらなんとかその方法で描けると思うのですが、映像の場合は難しい。
イメージを再現するだけではなくて、ドラマ仕立てにして、見ている人にストーリーが伝わるようにしなければならないですから。
原作をきちんと読み込んで消化して、自分なりの考え方をまとめてからはじめたらよかったのですが、制作しながら考えていったので、あとでいろいろと迷うところが出てきました。 それは、キャラクターを作るときも同じでした。
――
キャラクターを作るということも、初めての挑戦だったわけですね。
男鹿
男鹿 原作では眠り込んだ伊藤が、夢の中で樹霊と話をします。賢治は“樹霊”としか書いていないし、資料を調べてみても今まで絵にした人はいなかったようなので、具体化するにあたっては試行錯誤しました。
原作は舞台劇のために書かれたもので、樹霊の役は子供たちが演じているわけです。最初は子供たちが演じている様子をそのまま絵にしようかとも考えたのですが、やっぱり木のキャラクターにしたほうがいいような気がして。
楢と樺と柏の樹霊を、木の形をしたキャラクターとして描きました。でも、キャラクターをいろんな方に見てもらったら、あまり反応が良くなくて(笑)。樹霊のキャラクターをどうするかでしばらく悶々としていました。そうしたら、あるスタッフから「木の根元にいる小さな葉っぱを使ってみては」というアドバイスをもらいました。葉っぱにしてみたら、ずっと描きやすいということがわかりました。可愛らしいですしね。
それからまたいろんな方に見てもらったら、皆さんそのほうがいいと。
――
樹霊の目を、葉の虫食いの穴に見えるように描いているのは面白いと思います。目玉を描き込むのではなく、虫食いの穴を目に見せるという発想は、どこから生まれたのでしょうか。
男鹿
よく散歩や山歩きをするのですが、そういうときに実際に葉っぱを見て、虫食いの穴が目やほくろに見えることがあるんです。
自然に対する想い
――
伊藤は、山の一部を払い下げてもらって、そこで木炭焼きをしたいと思っています。樹霊たちは木を伐らないでと頼むのですが、木を伐らなければ木炭は焼けない。伊藤が困っていると、大楢が「そだらそれでもええべ。伐った木は大事に使ってけらい。
ええ木炭、焼げばいがべ」と言います。この大楢のセリフは、原作にはないですね。
男鹿
山のふところの大きさを思って加えたセリフです。賢治が生きていた時代の人々は、木を伐ったとしても、今のように乱開発をするわけではありません。最小限、木炭を焼く分だけ伐るのだったら、山も許してくれるのではないかと思ったのです。
それから、樹霊のあとにお雷神が出てきて、人間に自然の怖さを見せつける場面がありますが、自然の恵みがなければ人間は生きていけないけれども、一方で台風や洪水もあって、自然にひどい目にあわされることもある。
だから、人間はもっと謙虚にならなければ。謙虚になって、自然の恵みの有難さを知らないとたいへんなことになる。
― そういう想いもこめて、入れたセリフなのです。
――
賢治が生きていたら、そのセリフについてどう思うでしょうか。
男鹿
賢治の『注文の多い料理店』の前書きに、 〈わたしたちは、氷砂糖をほしいくらゐもたないでも、きれいにすきとほつた風をたべ、桃いろのうつくしい朝の日光をのむことができます。 またわたくしは、はたけや森の中で、ひどいぼろぼろのきものが、いちばんすばらしいびろうどや羅紗や、宝石いりのきものに、かはつてゐるのをたびたび見ました。中略。
ほんたうに、かしはばやしの青い夕方を、ひとりで通りかかつたり、十一月の山の風のなかに、ふるへながら立つたりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたないのです。〉 という文章があります。そういう想いが、僕にもありました。
賢治が僕の加えたセリフについてどう思うかわかりませんが、自分なりに自然が語りかけているものについて描いたつもりです。
とはいえ、あんなに偉大な人と同じなんて大それたことは言えませんが。
ただ、賢治の作品を読んでいると、共感したり、分かる描写がいくつもあるんですね。
――
種山ヶ原にも取材で訪れたそうですが、男鹿さんの生まれ故郷と比べてどんな印象を抱かれましたか?
男鹿
種山ヶ原がある北上山地と僕の故郷がある奥羽山脈は、似たような感じかなと思っていました。でも実際に行ってみると、結構違うものですね。北上山地のほうが明るいし、なだらかです。雪も降るけれど、奥羽山脈ほど多くないですし。
――
「種山ヶ原の夜」の最後に、種山ヶ原をパノラマで見せているシーンがあります。
男鹿
あの“こもんとした山”を描きたくて、作品をつくったようなものですから。それはもう、描いていて楽しかったです(笑)。
取材に行ったとき、ああいうパノラマがずっと見える。気持ちのいい場所だなあと思いましたね。フワッとした雲が浮かんでいて。
山の上だけれども、奥羽山脈のように高い山で遮られないから、空が広い。
DVDでは、その気持ち良さを、アンサンブル・プラネタのみなさんの歌が、さらに広げてくれましたし。
取材では雨が降る直前に帰らなければならなかったことだけが残念です。
資料として読んだ『賢治と種山ヶ原』(鳥山敏子編・世織書房刊)で根子吉盛さんが話されたところによると、雨のときが素晴らしいそうなので。それに、もともと僕も雨は好きですし。
僕は毎日散歩に出るのですが、雨の日も散歩を欠かさないんです。
雨に濡れるのも気持ちいいし、霧で霞んだ杉林などは相当スケールがあって良いんです。
雨や風のときのほうが、普段目にしないような山の表情を垣間見ることができる。発見も新鮮味もあるのです。
――
「種山ヶ原の夜」の中でも、雨の中で主人公の伊藤が踊るシーンがあります。「ホウ、ホウ」と言って楽しそうに踊る。
ああいう感じも分かりますか?
男鹿
分かりますね。さきほどお話した草刈りのアルバイトのときも、雨の日がありました。雨が降ると、大きな木の下で立ったまま弁当を食べる。座って食べても同じですからね。できるだけ木の幹に近いところで食べれば、少しは雨も防げるかなと思って。
でもずっと降っていると雨漏りがすごいから、弁当にも雨水が入って、そのままお茶漬けになったり(笑)。
でも、それが好きだったんですね。
――
高校2年生のときに草刈りのアルバイトをしたということですが、作品に出てくる伊藤は19歳。ちょうど同年代です。
男鹿
そうですね。原作の伊藤の素性は、学生らしいとか、どこかの若旦那らしいとか、いろんな説があってよく分かりません。
ただ、若造であることは確かです。あの頃の19歳は、今よりもうちょっと大人だったかもしれませんが。
そういう意味で伊藤を高校生の頃の自分に重ね合わせたところはあります。一人前に仕事ができるうれしさみたいなものも、伊藤は感じていたのではないかと。一生懸命働いて、なんだか楽しい夢を見たという、そういう話ですね。
自然に対する想い
――
登場するキャラクターのセリフが、すべて岩手の方言です。
男鹿
DVDには標準語の字幕をつけたヴァージョンも収録しているのですが、最初は字幕なしで見てもらいたいです。
宮崎駿さんと養老孟司さんの対談(『熱風』2006年4号)で、〈言葉は中身じゃなく、音だ〉という話があったのですが、それを読んだときに感銘を受けまして。
〈相手が何かしているのを見ると、自分がその動作をするときに働くニューロンが強く働く〉、ミラーニューロンという神経細胞があるのだそうです。
言葉でいうと、相手の出している音を聞いていると、自分がその音を出しているときに働いているニューロンが、同じように働く。
そういう感じで、意味はわからなくても、綺麗な音として、言葉を聞いてもらえたらと思いました。
――
音としての心地よさは、方言のほうが出やすいということですよね。
男鹿
自分の故郷の方言よりも他所の方言のほうが良く聞こえたりしますし。たとえば九州のある地方では女の人でも「わしはな」と言ったりします。そこの出身の人は、上品じゃなくて恥ずかしいと思うかもしれませんが、秋田出身の僕が聞くと、すごくいいなと思います。僕自身、東京に出てきたときは、方言を使うのが恥ずかしかった。でも他所の人が聞いたら、秋田の方言もいいなと感じてくれるのではないかと。
――
俳優の山谷初男さんが声優として出演されています。山谷さんは同じく秋田出身ですが、声をお願いしていかがでしたか?
男鹿
山谷さんは山谷さんの世界を作ってくれました。とても良かったと思っています。
樹霊たちやお雷神さまを演じているのは、秋田の角館の子供たちです。演技は上手でなくてもいいから、本物の田舎の子の声を使いたいと思いお願いしました。田舎の子供の声は、普通にしゃべっているだけでも可愛いものです。
今は方言丸出しでしゃべる子供は少ないのですが、方言でしゃべる子供の可愛らしさみたいなものが出ていたらうれしいですね。
絵本と紙芝居
――
DVDを制作した後に、同じタイトルの絵本もつくっていらっしゃいます。絵本とDVDの違いは、作る側としてはどこにありましたか。
男鹿
もしDVDよりも先に絵本をつくっていたら、描く絵が違っていたかもしれません。フィルムにしなければならないということがなければキャラクターの描き方も少し違っていたと思います。描く絵の数も、絞られたかもしれません。
絵本は音が入っていないだけ、身軽な感じがします。絵に集中できるから、没頭しやすいというのかな。
絵だけで音も表現しなくてはならない難しさもありますが。色使いも、絵本用に描きおろした絵は、少し変えています。
原作に、夢の世界への導入部に〈舞台は青光りを含み〉という描写がありますが、その青い世界をもっと深みのある色で描きたかったので、絵本では違う色を使って表現してみました。
――
DVDは「紙芝居映像」という手法でつくられていますが、ほんとうの紙芝居としてつくっていたら、どうなっていたでしょうか。
男鹿
紙芝居でやるならば、離れたところから見ることを前提に絵を描いたと思います。それで、絵を描くよりも前に、紙芝居用の額縁をまず自分で作ってみたでしょうね。ただ今は、「こういうやり方だったらできる」という確信が持てるまでは、構想をあたためたい。そうでないと、思いが一つにまとまらないのです。僕の場合は絵を描いてみないと分からないし、漠然としたものが断片的に出てくるだけの状態では、見た人が喜んでくれるかどうか分からないですから。
それに、人前でしゃべるということも実は苦手なので、この辺りの裏山の鳥とかを相手に練習を始めることからやっていかないと。
ただもし、「これなら」と思える作品が出来たら、最初は松山の子供たちの前でやってみたいんです。
縁があって愛媛県・松山市の子供たちの版画を年に1度見に行っているのですが、この子供たちに秋田の言葉を聞かせてみたいなという思いは、行くたびにあったんですね。「種山ヶ原の夜」で版画風の絵を何点か描いたのも、そういう影響もありました。九州とか四国の方に東北の言葉を聞かせてみたいなという気持ちが、どこかにあるんです。
紙芝居は時間はかかるかもしれませんが、密かに準備したいと思っています(笑)。
2006年6月 1日
絵本情報
ISBN4-19-862175-6
定価:2,415円(本体価格2,300円+税)
A4横ハードカバー/オールカラー72頁
編集・発行:(株)スタジオジブリ
発売:(株)徳間書店
*絵本は男鹿和雄が紙芝居映像という手法で作り上げた
第一回監督作品「種山ヶ原の夜」(オリジナルDVD)に
描き下ろしを加えたものです。
DVD情報
品番:VWDZ8092
価格:3,990円 (税抜き 3,800円)
収録時間:約27分
音声: 2.0chステレオ、ドルビーデジタル
字幕:標準語字幕
映像:カラー
その他仕様: ピクチャーディスク、片面1層、MPEG2、NTSC、
日本国内向け(リージョン2)、複製不能、マクロビジョン
製作:2005年
発売元:ブエナビスタホームエンターテイメント
80年の時を超え、賢治の知られざる傑作を、日本の原風景を描く男鹿和雄が、
“紙芝居映像”という手法で作り上げた第一回監督作品
※トレーラーにて一部をご覧頂けます。
★アンサンブル・プラネタのサントラCD付き
★初回生産分限定特典:ゲド戦記・公開記念切手
※商品の仕様については変更になる場合があります。