2000年1月
1月5日(水)
仕事始め。宮崎監督より、全スタッフを集めての新年の挨拶がある。ものの数分で終了するが、やはり年のあらたまりに短い時間でもこういうことがあると気が引き締まるものだ。
「僕の宝物ですよ」と言って高畑監督が、フレデリック・バックさんの「クラック」のセルを持ってくる。「サイン入りなんですよ」とうれしそうに見せる高畑監督。先日放送されたNHKの番組でカナダへ行ったときにもらったものらしい。そういえば以前「やぶにらみの暴君」の本を見せてもらった時もポール・グリモーのサイン入りだったような・・・。それはともかく、思った以上に小さい厚めの半透明セルにびっしりと人が描かれている。なるほどこれは目が悪くなるなと強く実感。
冬休みをつぶして稲村氏が作監上がりを5カット上げる。そのカットを持って久々の外注さん回り。その道すがら目印にしていた警察署がさらちになっていること発見。不祥事で無くなったわけではないだろうが、道理でいつまでたっても曲がれないわけだ。
1月6日(木)
教授の田舎富山より、かねてから宮崎監督がたべたいたべたいと切望していた縁起物のかまぼこが届く。結婚式の引き出物に出てくる、落雁の鯛の様なその姿。「もっとパンフレットみたいな派手な色じゃないのか。なんだか寂しい」といいつつ、ご満悦。社内をみせてまわった後、「これは、うちの大蔵大臣にもみせないとな」と、風呂敷に包んで自宅へお持ち帰り。一緒に届いた、鶴亀や扇のかまぼこは、社員でおいしく胃袋の中へ。はんぺんの様な食感で、見かけの派手さとはうらはらに淡泊な味わい。ちなみに某氏が宮崎監督の命を受け北海道から持ってきた、回りが緑色をしたなるとも一緒に並べられる。
1月7日(金)
毎年恒例、(株)徳間書店の成人式に、新人の横田君が出席する。徳間の新人の方達と共にお茶を飲みながら社長のおはなしをうかがう。帰り際に日記帳を社長から頂き帰途に着く。日記を書いて、大きくなれよ。
高畑・宮崎作品研究所より、山本二三さんの画文集の告知が届く。同人誌で出すのが惜しい位の内容と豪華執筆人で、7月発行予定との事。
1月8日(土)
次回作の為、安藤氏と田中氏が宮崎監督の車を取材中、あやまって車体をこすってしまう。たいしたあとも残っていなかったので傷跡らしき場所を手で触ってみると、全く洗車をしていない汚れた車体に、手の跡がくっきりとついてしまい、かえって傷跡が目立ってしまう。謝りに行ったところ宮崎監督は、「まあ、傷だらけだからいいけど、田中にやられたのがしゃくにさわるな」と一言。
一村、田中、西岡の三氏が、おいしいと評判の「プーさん」という店へカレーを食べに行く。「おいしかったよ。」と軽く感想を述べる二人に稲城さんは大ショック。一度は込みすぎ、二度目は店が閉まっていた為未だに食べることができない稲城さんは、己の不幸を呪うばかり。隣の席の居村氏に「今度一緒に食べに行きましょう」となぐさめられる。
山本二三さんがドリームワークスのスタッフを連れてジブリに遊びに来る。日本とアメリカの製作体制の違いなど興味深い話をうかがう。それにしてもディズニーとドリームワークスのスタジオが隣同士とは・・・。
1月11日(火)
「千と千尋の神隠し」(仮題)のコンテAパートの一部、169カットがUPする。早速、宮崎監督との打ち合わせの後、安藤氏がレイアウトIN。
稲城氏を含め数人が連れだち、念願の「プーさん」のカレーを食べに行く。ごろごろの野菜とここでしか食べられない独特の味。稲城氏も満足な様だったが、問題は汗。さほど辛いわけではないのだが、香辛料の具合か、汗がでる。特に制作の居村氏がひどく、テーブルを水浸しにするほど汗だくになって食べていた。
先日から、ついに渡辺氏と稲城氏がフィットネス倶楽部へ通い始めた。初日はガイダンスだけだったようだが、それに安心した渡辺氏は、早速昼食にステーキ丼、夕食にカレーライスを食べ、カロリーを補給していた。
フィットネス雑誌を読みつつお菓子を食べる渡辺氏。
1月12日(水)
正月の鏡餅を使い、大鍋でおしるこを作る。制作神村氏は、餅を24個食べる暴挙に出るも、更に晩飯も食べ、「明日からダイエットだ」とうそぶく始末。嗚呼、スポーツクラブに通う渡辺、稲城のダイエット・コンビはなにを思う。
野中氏が、額にアザをつくって出社。某女性作画スタッフにゴルバチョフと呼ばれるも、自分では「『愛と誠』と呼んで下さい」と若者には分からないギャグを飛ばしている。ちなみにその傷は、単に戸棚に頭をぶつけただけのものらしい。
今月11日より倉庫整理を始めたバイトの槙原君。石光さんが気をきかせて余っていたラジカセを差し入れるが、テープをいれるとワカメになり、ラジオをつけると、AMだけ。とどのつまり、壊れて誰も使っていなかったラジカセを渡してしまった様なのだ。哀れな槙原君は、だだっ広い倉庫で一人AMを聞きながら、仕事をしていたようだ。
1月13日(木)
鈴木さんの執務室に大画面テレビ、「プラズマディスプレイ」が届く。後ろの壁一面のモニターに、「悪の秘密結社みたい」「大画面から社長の指令が」等、様々な反応がある。宮崎監督曰く、「鬼面党の隠れ家だな」
スタジオ・ジブリの定例報告会議。美術館作品、「千と千尋の神隠し」(仮題)等、会社の方針の報告が行われる。
1月14日(金)
制作斎藤君が故障したビデオ編集機をもって、車で上野方面に向かうも、道路が大渋滞で、到着間際閉店時間となり、泣く泣く戻って来ることに。
制作部内では、ターザンのハッピーセットを集めんが為、ここ2日マクドナルドに通い詰め、早くも全種集めてしまった。しかし、必死にハンバーガーにぱくつく姿は、「業」を感じずにはおられない。
1月15日(土)
朝11時より、美術館作品ラッシュチェックが行われる。
第二回企画検討会が行われる。コンテ作業の疲れの為か、一時間も前から宮崎監督は「まだか、まだか」とせかす。良く知られた児童文学ということもあってか、今回も多くの人が会議室に集まり、3時間に及ぶ盛況ぶりであった。いろんな案が飛び出し、それに反応した宮崎監督は久しぶりに熱弁をふるっていた。
1月17日(月)
某局のテレビ取材で、スタジオジブリにハイジ(コスプレ)がやってくる。高畑、宮崎両監督も見守るなか、「ハイジの食卓を再現する」という趣旨で、ハム、チーズ、パン等とともに、山羊の乳を暖めて飲む。猫をミルクにつけて、それをなめたような獣臭い味で、とてもごくごくとは飲める気がしない。ハイジへの道は遠そうだ。
1月18日(火)
午後から糸井重里さんが来社。宮崎監督、鈴木プロデューサー等と三時間にわたってお話しをする。あまりに話が面白かったので三時間があっという間。肝心の打ち合わせが全く出来ずに帰って行った。
稲城氏、渡辺氏のダイエットコンビが、そろってフィットネスに行く。ウォーキングマシーンやサイクリングをおこなうも、そうそうに帰ってくる。まわりからは「その程度の運動だったら、散歩して自転車に乗ればいいのでは・・・」の声も。
宮崎監督の次回作タイトルが「千と千尋の神隠し」に正式決定する。
1月19日(水)
講演のため韓国に出張していた奥井さんが、大量のキムチを携えて帰国。向こうでは主にセルでの撮影技術について、実例を交えながら解説を行う。ただ残念なことに、せっかく韓国に行ったにもかかわらず、時間がなかった為、ホテル以外どこへもいけなかったらしい。ちなみにおみやげに買ってきた大量のキムチは、昼食時に16合のご飯とともにバーへ出される。お昼時ということもあり、キムチのニオイに吸い寄せられたスタッフによって、ご飯共々1時間たらずで食べ尽くされてしまった。
今月の28日に実施される原画テストの参加者がほぼ出そろう。宮崎監督自ら声をかけて回った事もあり、新人を含め、かなりの人数が受けることに。
1月20日(木)
新人の遅刻者が増えている為、制作部が新会議室に新人を集めてその旨について注意。
明日は健康診断の為、今日は夜9時より飲食禁止。制作部内でも空腹に身もだえる者多数。約1名脱落者有り。しかもインスタントラーメンにパン2つという暴挙にでる。まわりからの「この意気地なし」の声にも、某神村氏はいたって平然。
次回企画検討会用の児童書が既に絶版になっているため、近隣の図書館で借りまくる。やはりだれも借りている形跡ナシ。ちなみに借りた日時が記載してある某図書館の貸出し期限表を見ると、前回の返却期限が約12年前・・・。
1月21日(金)
「千と千尋の神隠し」Aパートのコンテ終了。253カット、20分4秒8コマ。本日より安藤氏に続いて、宮崎監督もレイアウト作業に入る。制作神村氏もコピーに追われる。監督曰く、「1日 1カットできねえなあ。描き方忘れてしまったよ。ガハハ」制作は信じていますとも。
本日、年に一度の健康診断。今年は昨年とは違い、体重測定の前にバリウムを飲むレントゲン検査があったため、「体重が数百g増えてしまった」と文句を言うものが数人いた他は、なにごともなく終了。
1月22日(土)
美術館作品ラッシュチェック行われる。問題なし。
「神村さんのお子さんって男の子ですか、女の子ですか。」と、某女性スタッフから、制作神村氏が唐突に質問をうける。目が点になる神村氏。それもそのはず、氏は子供どころか奥さんもいない独身貴族。しかしここ1年作画では、京都に居るという奥さんや子供のことが、まことしやかに噂されていたようなのだ。ほどなく誤解は解けたものの、いつまた第二、第三の天一坊が現れないとも限らない。気を抜くな、神村氏。
1月24日(月)
CG部山田氏が新作に出てくるキャラクターを立体にして持ってくる。安藤氏の監修の後、宮崎監督からもおほめの言葉を頂く。現在自宅で改修中だが、監督からは「50個は造ろう」との発注が。それを聞いた制作居村氏は「本当にやるなら、型抜きしますよ」と、妙に気合いがはいっていた。
1月25日(火)
美術館作品、子犬の音取りの日程が固まる。写真で見る分にはかわいいが、四匹も一度に来る為、子供以上に大変になりそうだ。飼い主の古城氏は「奴等、日本語わからないからな」と一言。
稲城氏が制作の熱望に応え、銀座でレトルトの○いカレーを買ってくる。ターメリックが効いていないせいか香辛料が化粧臭く感じられ、食べ物でない感じの味がする。匂いだけはカレーなのだが。
1月26日(水)
「千と千尋の神隠し」の作画インに伴い、席の移動が発表される。これで2月から作画スタッフ全員が、1スタに集まることになる。因に二スタの二階は美術班。
CG部山田氏が、例のキャラクターの原型改修バージョンを持ってくる。どうやら監督と安藤氏は、本気で作画参考用モデルにしようとしているようだ。そこで制作居村氏も、複製の為のパーツ分割について山田氏と相談する。しかし本当に50個も作るのだろうか。
1月27日(木)
遅ればせながら、2スタでチョコエッグが流行する。しかし、ここに大きな落とし穴が。第3弾の動物模型が、先行して入っているのだ。これでまた近所のコンビニから、チョコエッグがなくなることだろう。
1月28日(金)
朝出社した時点より、原画テストが開始される。内容はレイアウトを見るテストと走りを見るテスト。今回は新人全員を含む、21人が受けることになる。結果の発表は31日。
1スタ2階の流しに、掃除用具入れが設置される。むき出しだった道具を整理する為買ったのだが、代わりに冷蔵庫が一台放棄される。2階は50人からいるというのに、冷蔵庫1台で大丈夫だろうか。
制作斎藤氏が晩御飯に買い置きしておいたパンに、宮崎監督が食指を動かす。斎藤氏本人はいないというのに、「これ食っていいかなあ」と周りの人に訊き、「お金いれとけばいいかなあ」と袋に200円をいれると、ついにパンを食べてしまう。まさにその直後に戻ってきた斎藤氏は、「よかったねえ。50円得したよ」という制作部の暖かい声も聞こえないのか、しばし呆然。「ぼ、僕の晩御飯・・・」と悲しげな声をあげていた。
1月31日(月)
社内の大規模な配置替えが行われる。制作部と美術は朝から夕方まで猛烈な肉体労働の連続となる。一スタ二階に作画部とメインスタッフが集合し、二スタ二階は美術の部屋となる。明日の作打ちに向け準備が整ってきた。
先日行った原画テストの結果を宮崎、安藤両氏から発表する。今回は条件付きで、数人に原画をまかせる事となった。かなり厳しい条件がついているが、頑張って欲しいものだ。