2000年11月

11月1日(水)
 「千と千尋」、5時よりラッシュ。試写室は現在、音響機材が席の後ろを占めているため、メインのみで行う。本日は新規が27カット。


11月2日(木)
 本日2時に瀬山編集が来るため、昨日からポスプロの古城さんは、ライカリールとダミーのセリフ合わせを行う。なかなかうまく合わず苦労する。

 渋谷オーチャードホールで、東京国際映画祭コンペティション作品として「式日」が上映される。ジブリからも手伝いとして何人ものスタッフが渋谷へ出向く。ほぼ満員となった上映前後にチラシ、アンケート用紙を配り、回収したのだが、さすがに2000枚ともなると大忙し。でも映画の評判も良く、帰りしな劇場が閉まる寸前まで必死にアンケート用紙にペンを走らせていた人達が非常に多く見られ、スタッフはみな大感激。


11月4日(土)
 本日はムゼオの越した後の3スタ二階に、動画机等の運び込みを行う。それと平行して、百瀬さんの作業場もお引っ越し。二日前にマックをモニターごと運び込んだばかりだったので、また移動と配線をやり直すのかと、しばしへこむ。


11月6日(月)
 東京都写真美術館で開催中の「ロシア・アニメ映画祭」のため来日したアレクサンドル・ゲラーシモフ氏が来社。ゲラーシモフ氏はロシアの代表的なアニメ・プロダクション主宰者であり、ロシアで毎年開かれているアニメ映画祭のディレクターでもある。ちなみに一昨日はゲラーシモフ氏やユーリー・ノルシュテイン氏、高畑勲監督らによって映画祭記念シンポジウムが開かれ、立ち見が出るほどの盛況だった。


11月7日(火)
 「えんがちょを切るときってどうやってた?」とまた怪しげな質問を宮崎監督が制作で聞いて回っている。最も一般的な方法が知りたいようなのだが、やはり地方によってやり方も名称も様々で、ついにはネットで調べることに。なんと「えんがちょ」研究家によるページがあり、人差し指と中指を交差させるのが今最も一般的な「えんがちょ」らしい。しかし、監督が描きたいイメージはまた違うものになりそうだ。

 百瀬氏の仕事場をデジタルの牙城にするべく、制作・斉藤君が秋葉原へ買い出し。六畳ほどの部屋にMOやタブレット等を大量に買い込んでくる。ブレーカーが落ちないかどうかだけが心配だ。


11月8日(水)
 背景上がり33カット及び、動画検査上がり9カットと上がりが大量に出る。ありがたい。しかし状況は全然予断を許さないのが悲しい。

 夕食をバイキング形式の某ファミリーレストランでとり、ジブリに戻ってきた神村氏、机の上に、あるスタッフが急に休んで余っていた仕出し弁当を発見。「まじ~」と言いながらそれをペロリ。弁当箱を片づけ、仕事を始めようとしていたら今度は一村教授が「腹減ったから○ォルクス付きあってよ」と再びファミレスへ。勿論そこでも今度はカレーライスをペロリ。一句「胃袋に 消える食物 かいはなし」


11月9日(木)
 3時よりラッシュ。新規20カット、リテーク4カットを上映。スタッフラッシュはここ数週間分をまとめて行ったため、一回の上映に10分近くかかるが、まとめてみると見ごたえがある。


11月10日(金)
 3スタの一階に動画机が増えて手狭になったのを改善するため、コンピューターを一階から二階に運びあげる。特別工作員としてCG部の北川内さんを拉致し、配線を組んでもらう。配線は床下を通っているためいちいち床板を外さねばならず、かなり面倒。北河内さんはついこの間も、ムゼオの引越しで今日と同じ作業をやっていたのだが・・・。


11月11日(土)
 制作出口氏に、昔どこやらで使っていたパソコン(ウィンドウズ)が支給される。だが、どうにもうまく設定ができない。単にマウスをつけたいだけなのだが・・・。

 連日夜中までハードな作業を続ける作監・安藤氏の体を思いやり、業務・石井君が朝食の差し入れを持ってくる。ここまでは麗しい話なのだが、そのメニューが「ほっけ」。「どうぞ」とニコニコ顔でほっけのみを勧める石井君を前に、いつもの複雑な「安藤スマイル」でほっけの身をほじる安藤氏。なぜ朝っぱらから「ほっけ」なのか? それはともかく、ほっけは大変おいしかったそうだ。


11月13日(月)
 先週末から鈴木プロデューサーはイギリスへ出張。最近のあまりの忙しさに海外逃亡という噂もあるが、なんとなく社内が静かで寂しい気もする。

 宮崎監督が制作・神村氏と原画の担当割り振りについて相談。なんとかまとまったものの、「彼は○○を手伝ってくれたよな」「いやいや△△でなかったでしたっけ?」と実に記憶が曖昧。お互いの脳の老化を確認する。

 Jスカイウェブのジブリページ検証用に携帯電話を1台購入。東小金井駅近くの店で買ったのだが、買値が定価の○十分の一。う~ん・・・。

 武重さんが神村氏から、上がってきた原図を受け取ったところところ、そこには宮崎さんの「大理石よろしく」「柱、金ピカ」等の文字が。監督の要求が日増しにレベルアップしているような気がする・・・。


11月14日(火)
 2時半より、中川李枝子さん、山脇百合子さん、福音館書店の方達を招き、美術館用短編作品の試写を行う。演出を担当した稲村氏は「直前まで大丈夫だったんですが、試写室が暗くなってから急に緊張してしまいました」とのこと。しかしお二人には喜んでいただけたようで、制作の面々も一安心。


11月15日(水)
 3スタのQARを地下室へ移動する。今回も作業を円滑に行うため北川内氏を拉致、早速床下にコードを這わせるための作戦が行われる。地下室は1Fと違って簡単には床のパネルを外すことが出来ないため、最小限のパネルを外して、ジブリにあったラジコン戦車にコードをつけて床下を這わせるという作戦が考えられた。ところがいざという時にリモコン装置の電池切れ、しかも9Vの箱形電池がすぐに手に入らず断念。結局、コードをゆっくり押し込みつつ、手を床下に突っ込んで精一杯伸ばすという原始的な手段が成功して一件落着。しかし、場所がないとはいえ除湿器のうなる地下室で、一人QARを操作するのはちょっとつらいかも。

 制作のメンバーが集まり、千尋最終アップに向け、残り予想カット数と現有勢力の予想作業数との比較会議が行われる。厳しい・・・。


11月16日(木)
 3時より「千と千尋」ラッシュ。今日も約3分と見ごたえアリ。○○の宴会シーンでは、そのかわいらしさに笑いも起きる。

 本日より鶴岡氏が演出助手として3スタへ。まずはQARの操作のイロハを斉藤君から教わる。また制作も出口、居村の両氏が3スタへと移る。いよいよ某作品が本格スタート。目まぐるしく人や机が移動するのもこれで一段落か。


11月17日(金)
 明日、美術館用短編作品の試写が子役出演者の皆さんを招いて行われるため、その段取りを打ち合わせ。挨拶等は手短にすませ、作品そのものを楽しんでもらおうと確認する。

 QARの操作に慣れるため、演助・鶴岡氏は3スタ地下室で作業。除湿機によってひんやりと乾燥した空気に、治りかけた風邪がぶり返したらしい。


11月18日(土)
 4時より美術館作品の出演者向け試写を行う。出演者のほとんどは子供のため、制作側としてはその反応に興味津々で試写に臨む。子役とはいえさすが芸能人。実に落ち着いた態度で見てくれているのだが、時折聞こえる子供らしい反応の声に制作スタッフたちは皆耳をそばだてていた。

 三スタへ移った鶴岡氏に資料探し&整理用パソコンを用意することになる。そこで、最近仕事内容にスペックがついてこなくなっていた渡辺氏が新しいibookを購入し、お古を鶴岡氏へまわすことに。早速吉祥寺で新しいマシンを購入、データを移植し、いざお古のパワーブック3400を鶴岡氏に持って行こうとしたところ、キーボードがゴミ等で詰まり、指を叩きつけるようにしないとキーが押せない事が発覚。日ごろからフタをほとんど閉めない使い方が原因と見られるが、渡辺氏は「私のところに来たときはもうこうなっていた・・・」と下手な言い訳をしている。


11月20日(月)
 ジブリ定例ミーティングが開かれる。「千と千尋」の今後の予定やジブリ内部の様々な連絡事項が話される。

 今日の朝刊各紙に載った「ニホンオオカミ発見される?」の報に、制作部が盛り上がる。「シェパードに見えるぞ」「いや、シベリアンハスキーと何かをくっつけたに違いない」等々激論が交わされるが、宮崎監督は、昔の首長竜の死体が発見された時大喜びして、裏切られた経験から今一懐疑的。さて今度は?


11月21日(火)
 叩くようにキーボードを打たないと使えない演助・鶴岡氏用マックはやはりつらいということで、明日キーボード部分のみ交換することになる。

 「西の空が何やら赤味がかっている」と宮崎監督が言うので屋上に出てみる。そう言われればなんとなく赤味を帯びている。とっくに日は沈んでいるし、確かにちょっと奇妙だ。監督は「きっと地震の前触れだ! 俺がこれを指摘した事を覚えておくように」と地震予知宣言。しかし今のところ何も起こってない。

 ソニーが発表した二足歩行ロボットが夕食時に話題に。さっそくネットでその動く様を見る。ジブリでは以前ホンダのロボットを作った方の講演を開いているだけに、専門用語が飛び交いつつさらに盛り上がる。


11月22日(水)
 明後日ジブリで開かれる社長のお別れ会で、宮崎監督ら首脳陣だけに美味いワインが振舞われるという情報が流れる。そのワインの銘柄を聞いた高坂氏は宮崎監督に「ほんの一口でいいですから」とお裾分けを懇願していた。

 制作居村氏、マックのキーボード交換に渋谷へ行ったら途中でテレビのロケに遭遇し、某有名俳優を目撃。東小金井では味わえないちょっとミーハーな気分を思い出す。

 今はまだ書けない新プロジェクトの討ち入りを近所の華屋与兵衛にて行う。


11月24日(金)
 BG上がりが40カットほど出る。

 夕方から、社長の友人でもあった日本テレビの氏家社長主催によるお別れ会が行われる。まず試写室にて徳間社長の生涯を描いたビデオ「志し雲より高く」を上映。その後、スタッフにとっては普段見ることのないご馳走をおいしくいただいた。ちなみに高坂氏は念願のワインを無事味わうことが出来たらしい。


11月27日(月)
 高橋さんが痔瘻の手術で明日から入院する為、引き継ぎその他の作業に追いまくられる。ところで高橋さんは、その合間を縫って、たいした手術でもないのにインターネットで手術体験談を探してみては「あ~つらい。今日でみんなともお別れかもしれない・・・」と溜息をついていた。


11月28日(火)
 「千と千尋」に協賛している○○○からお菓子などの差し入れが大量に届く。やはり食べ物はありがたい。ところで、来年のツールをまじめに走ろうと決意している某氏は、卓袱台にあふれるお菓子を見て「体重が増える」と食べるのを拒否。それに対してチャンピオン高坂氏は「オフシーズンですから」と平気な顔をして食べている。

 3スタの新プロジェクト用スペースに120Fの動画用紙が到着。しかし、しばらくは使うあてがあまりない。今使いたいのはレイアウト用紙なのだが・・・。


11月29日(水)
 12月16日から東宝系にて上映される「千と千尋」の特報第一弾30秒バージョンが試写室で上映され、多くのスタッフが観る。「怖い」「今までのと違う感じがする」といった反応が出ていた。

 夜10時過ぎ、手術が終わり病院に入院中の高橋氏から「手術は成功した。しかし、退院は少し遅れる模様」とのメールが入る。もう消灯時間は過ぎているはずなのだが、どうやってメールを送ってきたのか。

 昨日上がったDパート約70カット分の処理打ちあわせが行われる。しかし、Dパート途中にして早くも総カットが1100カットを超える。神村氏は「もうどんと来い」と開き直っている。


11月30日(木)
 新プロジェクト「○○○」のスキャンテストのために動画を横田君に描いてもらう。今回は、細い線よりもメリハリのある線で描くことを目指す。

 宮崎監督が知人の不幸でお葬式に出席するため、朝から不在。

 某原画さんが、出来ているにも関わらず、出来に何か不満があるらしく保留にしてため込んでいたカット三つを、神村氏のネチネチイヤミに絶えきれず提出する。神村氏はホッと一息。