2000年10月

10月1日(日)
 朝から来年度の作画部門研修生選考実技試験が行われる。結果3人が合格となる。


10月2日(月)
 今日から原画マンが二人社内にイン。

 今後多数の作品を動かす可能性が出てきため、社内制作部の編成について会議を行う。外出中の高橋さん待ちで会議の開始が遅れ、11時時頃にようやく始まったと思ったら、高橋さんが鈴木さんに捕まりわずか5分で別の打ちあわせに連れていかれる。しょうがないので、残った人達で会議を続行しようやく12時過ぎに終了。しかしこんなことになるのなら高橋さんを無視して、さっさと会議を終わらせておけばよかったと後悔。

 先週末にツール・ド・信州のコースを下見をした選手が結構いたのだが、雨にたたられズブ濡れで坂を上る羽目になったらしい。ちなみに実際行ってみた人によるとラスト約25キロの上りは洒落にならないぐらい長く辛く、コース設定者を呪う声が選手から出ていた。


10月3日(火)
 試写室にて「ホーホケキョとなりの山田くん」DVD発売記者会見が行われる。このDVDには映像特典としてト書きも全て含めた絵コンテを収録。実際の映画の時間軸に沿って、絵コンテを見るという楽しみ方もできる。うーん、アニメージュ付録のコナン絵コンテを見ながらビデオを見ていた日々が懐かしい。

 朝から宮崎監督は大量のレイアウトチェックをかかえ、頭を悩ませている。昼過ぎには早くも制作に来て中休み。ひとしきり制作の面々を冷やかした後、「朝から頭をフル回転させると疲れるな。さっ、仕事しよ」と自分の机へと戻っていった。

 今日より新しい制作スタッフとして出口氏が出社。


10月4日(水)
 物品の在庫状況を確認するため、棚卸しを始める。長年掃除を怠っていたのがたたってほこりにまみれる。もう使いそうにないモノもあるなあと毎年思うのだが、なかなか捨てられない。この貧乏性を改めないと保管場所がいくらあっても足りなくなるのだが。


10月5日(木)
 12時より「千と千尋」のラッシュチェックの3回目が行われる。前回リテーク分含めて41カットを上映。「おーっ!」と歓声が上映中に上がるほど好評。特に船の夜景は美しかった。「美術の方向性がわかってきた」と宮崎監督。今回は3カットがリテークとなる。


10月6日(金)
 観念・・・じゃなくて一念発起して倉庫の整理を始めようとする。しかし整理用の箱が無く、あえなく断念。箱さえあったら今日こそ整理したのになあ。

 高橋、望月氏等とT2スタジオに引っ越しの挨拶に伺う。今後「千」を含め大変なことになるのは目に見えているのでいろいろお願いする。


10月7日(土)
 大塚康生氏来社。制作にも立ち寄られて、チョコエッグの話で盛り上がる。「こんな細かく塗れって言われても僕は塗れないよ。良く出来てるよねー」と感心しきり。

 明日のツール・ド・信州の準備で選手の荷物などが搬入されている。今日はそのため早めに帰る人も多く、いつもにもまして夜の社内が静かだった。


10月8日(日)
 朝6時すぎ。多摩川沿い稲城大橋の下を58名もの自転車乗りが一斉に西へ向いスタート。そう、今年も毎年恒例にとなったツール・ド・信州の開始だ。今年はIGが主体となって開催され、ゴールが信濃境駅前からより高度の高い甲斐大泉駅にと変更になった。これによって高坂、野崎対決がいっそう盛り上がるかと思いきや、今年は体調不良にマシントラブル、おまけに昨年同様道を間違え、あっさり優勝は高坂氏がさらっていった。野崎氏は4位。予想を覆し、カムバックをはたしたのが、毎年順位を落とし今年もどこまで落ちぶれるのかと期待させたジブリ斎藤氏。見事準優勝に輝いた。夏休みに自転車に乗って青森まで帰省したのが効いたか。他のジブリチームの選手も次々とゴールイン。見事女性4人を含む17名全員が完走を果たした。ちなみに一昨年に続きただ一人リタイアが予想されていたムゼオ・三好氏もへろへろでゴール。宮崎監督に「どうです」と勝ち誇ったように完走を報告していた。ところで今年のコースは最後の30キロがほとんど登りという過酷さに加え、最終到達高度が昨年よりはるかに高く、初参加者には地獄のコースになっていた。提案者は勿論高坂氏。そのため、最後の坂の途中では、高坂氏を呪う声が森の中に響き渡っていたという。
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スタート前に全員集合! おっと田村氏がいないぞ。


10月10日(火)
 一昨日行われたツール・ド・信州の話があちこちで盛り上がっていた。

 Dパートの前半コンテが配られる。ハラハラドキドキの展開で、週刊誌連載のように続きがとても気になる。

 原画の武内氏が本日よりイン。さっそく作画打合せ。


10月11日(水)
 社内にあった動画などを調布の倉庫へ搬入する。これまで運んだ大量の資料が積み上げられている様を見ると、整理するのは大変だと実感。

 Dパート前半のコンテアップを受け「千と千尋」の原画のペースについて制作で協議。どう計算しても、今のペースのままでは・・・。かなりのテコ入れが必要である。神村氏と石井氏が深夜まで打合わせを重ねていた。


10月12日(木)
 ジブリ定例ミーティングがおしたため、「千と千尋」のラッシュチェックが予定の12時から少し遅れて開始される。新規20カット、前回のリテーク2カットの計22カット。

 「これを待っていた」と新しく来た文書保存箱が制作で大評判。二重底の頼りになる丈夫さで、重いカットを入れても箱がひしゃげる素振りも見せない。これから倉庫の整理を本格的に始めなければならないときに本当に助かる。

 「千と千尋の神隠し」では全体の約半分のレイアウトを宮崎監督が切っているが、社内の原画スタッフの手が空きそうになったため、コンテを一時中断しレイアウトの大量生産に入る。


10月13日(金)
 品川の六行ホールで、高畑監督が構成、演出を担当したかわせみ座の人形劇「まほろばのこだま」を見る。この作品は、四季折々の風景の中繰り広げられるもののけ達の幻想的な世界を描いたもので、山本由也氏の優雅さとコミカルさを合わせ持ち、かつ圧倒的な演技力を備えた人形達に目がくぎ付けとなる。とにかく全身から手足、目にいたるまで、まるで生きているかのような演技に約一時間半の上映時間があっという間に過ぎてしまった。今日から日曜日までの三日間上映される予定だが、ジブリからも多数のスタッフが見にいくことになっている。

 夜、宮崎監督がおもむろに財布から「ガリガリくん」の当たりくじを取り出し「い~だろ」と一言。夏からずっと持っていたのか・・・とショックを受ける制作一同。

 制作神村氏が、知恵の輪にハマっている。制作では「そんなモノ解いてどうなる」と冷たくあしらわれているが、作画では「おおっ凄い!」と歓声があがっていた。


10月14日(土)
 居村氏が明日行われる自分の結婚式の事で頭が一杯なのか、反応が妙である。一方高橋さんは明後日行われる予定の徳間康快氏お別れの会の準備で半分おかしくなっている。またその両方に出席(お別れ会では委員長の役割)する宮崎監督は「もう子供までいるんだから結婚式やめよう」と居村氏にむちゃくちゃな提案をしている。


10月16日(月)
 昨日居村氏の結婚式に出席した宮崎監督は、制作部に来ては「長すぎる結婚式は・・・」とぶつぶつ言っていたが、結局居村氏の一人娘日向子に話しが及び「まあ娘がかわいかったから良いか」と納得していた。

 午後から高輪プリンスにて徳間康快社長 お別れの会が行われる。3000人を超える人々が献花に訪れた。


10月17日(火)
 作画・中村氏に今日の4時、無事二人目の女の赤ちゃんが誕生。中村氏の机周りはまたもや花輪などの飾り付けでいっぱいになっていた。その一方、社員の子供がまた女の子ということで、近くの変電所からの電磁波の影響か、と不届き者の間でささやかれている。


10月18日(水)
 昨日赤ちゃんが生まれた作画・中村氏が出社。机の周りはお祝いの紙の鎖や飾り付けが天井からぶら下がり、大変なことに。そして毎度のことながら子供の名前をみんなが好き勝手に考えている。ここはやはり居村氏のときにボツになった「正子」か?もしくは3人目の「ヒナコ」か?


10月19日(木)
 制作・居村氏が昼過ぎコンビニに立ち寄ったところ、自転車を盗まれる。しかし、方向等から犯人の行程を推理し、亜細亜大学学友会館横にある駐輪場で自転車を無事発見。学園祭の準備なのか忙しそうな学生達の横に放置してあったという。その後、警察にて再度事情を説明。「状況から犯人は学生かもしれないがそれ以上は・・・」と、自転車は戻ったものの居村氏は悔しげだった。

 制作新人・伊藤君がご飯にふりかけで1食100円計画を実行中。別にお金が無いわけでもないのだが、なんとなく、昼飯をご飯にふりかけだけですごしているらしい。スタッフの粗食ぶりにとどめを刺すキャラクターの登場か?

 ジブリの玄関正面に掲げている故徳間社長の写真に、「毎朝ちゃんとおはようございますって、頭下げてるの俺ぐらいだぞ」と宮崎監督。さらに寂しいからと「お別れの会」のときに付けていたリボンを飾っていた。


10月20日(金)
 3時より「千と千尋」プロジェクターラッシュ。新規32カット、リテーク6カットの計38カットを上映。これで累計144カット、全体の1割が終了したことになる。

 制作・伊藤くんが出社途中バイクのガソリンを完全に使い切ってしまい、泣きながら押し歩いてくる。ガソリンメーターの表示に気づかなかったらしい。「これからは絶対こまめにガス入れる」と言っているが、またやりそうな気がするなあ。


10月21日(土)
 作画、制作研修生の面接を行う。

 飯田木工に頼んでいた机が五脚到着。今回は置き場所が決まっているので、その場で組み立ててもらった。これで大工仕事をせずにすんだ。

 元ジブリ作画スタッフの矢沢さんにから、10月16日に男の子が生まれたというメールが届く。おめでたいニュースが続くなあ。


10月23日(月)
 昨日新しい机を入れたばかりだが、それに反発したのか、古い動画机が朝一で壊れる。その上、カラーコピーも紙詰まりでジャムって壊れる。鉛筆削りもつまって壊れる。なぜかこういうことは続けて起こるのである。

 制作・神村氏が免許更新のために半休を取ったが、風邪でダウンして今日一日寝込んでしまったらしい。いつ書き換えに行けることやら。

 「竜とはなんぞや?」と宮崎監督が朝から制作の周りをうろうろ。どうもうまくいかないレイアウトがあるらしく「三日間、同じカットで悩んでるよ、ウ~ン」とのこと。


10月24日(火)
 高橋さんが痔瘻になり手術することに。それを聞いた鈴木プロデューサー、早速来客があるごとに「実は高橋は…」と図解入りで病状を解説。一方高橋さんは付き合いの長い鈴木プロデューサーのやることに慣れっこなのか涼しい顔。ところで手術には入院が付き物だが、このところ猛烈な忙しさでおかしくなりかけていた高橋さんは「とりあえず東京国際映画祭と式日の公開概要が決まれば入院してもいいよな」と休みがとれるのであまり嫌がっているようには見えない。

 宗教学者の山折哲雄氏の講演会が試写室で開かれる。宮崎監督が提案した「現代の三つの神話~自分探し、トラウマ、癒し」というテーマに応えて語ってくださった話の題材はなんと宮沢賢治。その生涯と作品の知られざるエピソードから宗教学者ならでは解釈が実に興味深く披露された。近代文明の恩恵に頼らずには生きられない自分をちょっと反省したりもした。
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鈴木さんの図解。下品ですいません。


10月25日(水)
 風邪でダウンしていた制作・神村氏が念願の免許更新を行う。しかし、座ったと思ったら1秒と待たずに写真を撮られてしまい、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってしまった。

 神村氏が総カット数を多めに見積もって作ったスケジュール表を、演助があやまって宮崎監督に見せてしまう。当然宮崎監督は神村氏の所にやって来て、「こんな多くはならないよ、そんなに描きたくないもの・・・。今の予定通りに収める」と反論。ひやひやした神村氏だが、最後の一言にはニヤリ。


10月26日(木)
 3時より「千と千尋」のラッシュ。今回はリテーク8カット含む14カットとカット数が少ないため、メインスタッフのみで行う。リテークなしの結果にほっとする。その後宮崎監督から「デジタルになったことでリテーク作業はセルの時代に比べて楽になってきてはいるが、その分セルの時代にはOKだったものまでリテークにしてしまっていないか?」との疑問が出る。とりあえず現状維持でラッシュチェックは進めることに。


10月27日(金)
 コピー機を4スタのものと交換する。ファックス付きで使える便利なやつだ。移動と同時に絵コンテコピー用にと、濃さを微妙に調整してもらうが、あまりの要求の厳しさにコピー屋さんもあきれ顔。

 東京国際映画祭への観客の方に配るため、「式日」のチラシを折り込む。

 企画検討会が行われる。今回は、ある児童文学作品を原作にした映画化企画について意見を戦わせる予定だったが、独演会的に展開する宮崎監督の意見と迫力に発表者はタジタジ。しかし、昔に比べると監督も寛容になったなあと感じたのは私だけか。


10月28日(土)
 北海道のカルト番組「水曜どうでしょう」でおなじみの大泉洋氏が単身でジブリを訪れる。今日はスタッフが随分少ない日。一応アポはあったが、残念ながら宮崎監督には会えずに終わる。スタッフとの熱い談笑が続いていた。


10月30日(月)
 新しいコピー機が来たのはいいものの、なかなか慣れない。どうもタッチパネル操作なのが原因らしい。技術的進歩についていけてないのではと悩む。

 東京国際映画祭で制作・伊藤君が「式日」のチラシ配りに行く。若者の街渋谷を楽しむ暇もなく、ひたすら配りまくったらしい。

 若林氏が来社。試写室にて明日行われる「千と千尋の神隠し」オーデション用のセッティングを行う。

 追い込みを前に、バーにスタッフ全員を集め、外部から来た応援スタッフの紹介と宮崎監督の「ペースアップせよ」とのお達しが伝えられる。


10月31日(火)
 「千と千尋」のキャスト・オーディションが行われる。今回はメインキャラクター二人を選ぶためのもの。激論のすえ両キャラクターとも決定。ホッと一安心。

 なかなか使いこなせない新しいコピー機で絵コンテを刷る。原稿を一度データに取り込んでから刷る方式で、素晴らしく速い。「かなり作業が軽減できる」と制作では一転して新コピー機の株が上がった。