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対談 亀渕昭信×大瀧詠一(3/6)R&Bチャートにまつわる不思議

亀渕:ロックンロールも56年から3年ぐらいでやっぱり作品がつまらなくなってきている。何か安っぽいB級のようになった。

大瀧:でもやっぱり入隊は大きかったんじゃないかと感じるようになって来た。今まであまりそういうことは考えていなかったんだけど、あれは彼の人気絶頂のときだからね。入隊させた側にはなにがしかの目論見があったんだろうから、それが功を奏したのかなと。穿った見方かもしれないけど。さっき「ボラーレ」でも触れたR&Bチャートのことなんだけど、チャートが始まったのは42年頃で、初期はやっぱり黒人のものがほとんど。だからR&Bチャートは黒人のものだったんだけれど、そこに、白人ロッカーの曲が入って来だしたのが55年。最初に入ったのはエルヴィスではなくて、55年の暮れから56年にかけてカール・パーキンスの「ブルー・スウェード・シューズ」。R&Bチャートと、ポップチャートと、カントリーチャートの3つに入り、そのちょっと後にエルヴィスの「ハートブレイク・ホテル」が入った。カール・パーキンスはそれ1曲だったけど、エルヴィスは「ハートブレイク・ホテル」から延々と入る。

亀渕:でも、R&Bのチャートというのはどうもインチキくさいな。ランキングを作成する音楽業界誌は、R&BチャートはR&Bレコードの売れるお店で、C&WチャートはC&Wのレコードが売れるレコード店で、それぞれ定点観測をして作っていた。だからそれらの店で売れるものは、少々音楽的傾向が違っても、自動的にランキングに反映されて、そのせいでちょっとおかしいチャートが作られたんだね。

大瀧:エルヴィスはそれから、「ハウンド・ドッグ」「監獄ロック」とずっとチャートに入っていく。その流れが途絶えた最後の曲が「ボサ・ノヴァ・ベビー」、実はそれが63年なんだ。エルヴィスはそこから70年代までR&Bチャートに1曲も入っていない。それで調べてみたら、63年って山のように白人の歌がR&Bチャートに入っている。たとえば、フォーシーズンズ「シェリー」、ニール・セダカ「可愛いあの娘」、クリス・モンテス「レッツ・ダンス」、トミー・ロー「シーラ」、ザ・ビーチ・ボーイズ「サーフィンUSA」、ポールとポーラ「ヘイ・ポーラ」、イーディー・ゴーメ「恋はボサノバ」、スティーブ・ローレンス「ゴー・アウェイ・リトル・ガール」、ジミー・ギルマー「シュガー・シャック」……。

亀渕:全部白人の歌い手だ。確かにすごくクロスオーバーしている時代ではあったけど、それはやっぱりR&Bとは言えないよね。つまり、その分だけ落っこちている黒人の歌い手がいるわけだ。

大瀧:でも、これらの人は64年からは1曲も入っていない。

亀渕:そこで終わるわけだ。

大瀧:一気にね。チャート自体がそこでなくなる。何年か後に復活してからはほとんど白人の曲は入らず、モータウンとか黒人の曲がチャートの上位を占めるようになる。逆に黒人の曲がカントリーチャートには1回も入ったことはない。だったら、なぜR&Bのほうはこんなにいっぱい白人の曲が入ったのか。62年と63年に、山のようにR&Bチャートに白人の曲が入っているというのに驚いたんだ。だから、それがもし恣意的だと言うなら、58年の「ボラーレ」は恣意的じゃないのかという話になるわけ。何故なのかはもちろんわからないし、陰謀論みたいなことを言いだせば何とでも理屈はつくのかもしれないが、どちらにせよ、R&Bチャートにランクされたことは事実なんだよね。結局、ビートルズはR&Bチャートには1曲も入らなかったんだけど、あのまま続いていたら、「抱きしめたい」は1位になったんだろうか? イギリス勢がR&Bチャートにあのまま入ったんだろうかって。その辺は非常に興味深いところなんだ(笑)。チャートが復活して以降、エルヴィスだって70年代には1曲か2曲、80年代に至ってはシナトラの曲が1曲ぐらいしか入らない。明確な分岐点となったこの62、63年というのは一体何だろうね。で、坂本九の「スキヤキ」は63年なんだ。

亀渕:それは何かの偶然か、あるいは潮目が大きく変わるときだったのか……。

大瀧:63年にはフランス語の「ドミニク」も1位になっているしね。64年以降はビートルズのドイツ語版が勢いでチャート・インしてるけど、ネーナの「ロックバルーンは99」まで外国語の大ヒットは20年近く全くないわけで、外国語の1位獲得曲が58年から63年という5年間にこんなに集中していたという事実は、単なる偶然としても、この時代の特徴として語っておくべきだと思ったんだよね。

亀渕:それから、本の中でも取り上げたトップ40ラジオとDJの八百長から端を発したスキャンダル「ペイオラ」(※1)もロックンロールを退潮させたね。

大瀧:ペイオラも59年じゃなかったかな。

亀渕:そう。でもずっと前からそういうことはあった。顕在化したのが59年頃。

大瀧:ロックンロールはエルヴィスの入隊とペイオラで二重打撃を食らった。ただ、ペイオラも、あれが公金横領なら話はわかる。でも、音楽は公共事業じゃないんだから。全部が公共事業にまつわる犯罪と同じように扱われるのはね。

亀渕:音楽って、タイトルと歌い手を言うと、それが宣伝になるんだよね。「大瀧詠一さんの歌う『君は天然色』です」と言うだけで、レコード会社は宣伝になる。聴取者はそれを聴いて音楽を知り、買おうと思うわけだから。曲名とアーティスト名がそのまま商品名なんていうのは、音楽しかないよね。DJが「昨日、○○で食事したんだ」という分には問題ないが、毎日、同じ店で食事したとか、なにを食べたとか、それが美味かったとか言い続けていると、やはり、特定のレストランのコマーシャルを言っているのと変わらなくなる。営業活動になりそう。でも「今日もメールでのリクエストを沢山いただきました。みなさんいい曲ですと書いておいでです」と言って毎日同じ曲をオンエアしても、おかしくはない。そう考えると、音楽という商品は、けっこう、八百長をやりやすいものでもある。ただし強引にやれば番組そのものの信用がなくなるだろうけれど……。

大瀧:でも繰り返しかけてもヒットしない曲もあるから。それを因果関係ととらえられると、ちょっとね。

亀渕:そう、DJだったディック・クラークが言っている。「私はペイオラしていませんよ。私の番組で繰り返しかけてもヒットしなかった曲は幾らでもあるじゃないですか……」って。

大瀧:だけどそれは裏金もらっていないということの証明にはならない。(笑)

亀渕:だからややこしくなるんじゃないかな。どんどんひどくなってそういう見境がなくなっちゃうわけ。それがあの頃の現状だった。

※1 ラジオ番組で選曲の権利を持っていたDJに金品を渡して曲をかけてもらうことを、「金を払う」という意味のPayと「音」という意味のOlaを組み合わせてペイオラと呼んだ。