「野中くん発 ジブリだより」5月号

 6月2日(土)から、三鷹の森ジブリ美術館では新企画展示「挿絵が僕らにくれたもの」展│通俗文化の源流│が始まります。宮崎駿監督は、自分たちの作品は通俗文化だと日頃から言ってきました。これは特に卑下しているわけではなく、高尚ではないけれど、広く沢山の人が観てくれるものであり、それゆえのエネルギーと魅力がある、ということなのだと思います。その通俗文化たるアニメーション映画の源流はどこか。ある童話集に出会ったとき、それが見えてきました。それは、19世紀末から20世紀初頭にイギリスの詩人・民俗学者のアンドルー・ラングが編集した童話集です。その本の挿絵の多くはヘンリー・J・フォードという挿絵画家が描いていますが、この絵を見た時、宮崎監督は〝ここに自分たちの原点がある〞と感じたそうです。今回はその挿絵を中心に展示しています。

 企画展示室には本棚が並び、そこにフォードらの挿絵が拡大複製されて展示され、物語の世界に見る者を誘います。通俗文化の特徴のひとつは物語性にあります。これらの挿絵は、優れた画力で緻密に、見たこともないような様々な世界、様々な物語を描いています。日本のアニメーション制作者が、フォードらの絵を直接参照しながら作品を作ってきたわけではないでしょう。しかし、これらの挿絵は間違いなく、その後の通俗文化、特にファンタジーのジャンルに多大な影響を与えてきました。先行する作品を存分に受け継いで(言葉を換えれば利用して)新たな作品が生まれ続ける、これも通俗文化の特徴です。宮崎監督はよくバトンを受け継ぐことにたとえますが、今回の展示はこの点が主題のひとつです。関連して、ロシアの絵本画家イワン・ビリービンの絵が、アニメーションの技法を挿絵の中で実現させていた例として展示されます。

 また、ラングが童話集を刊行していた頃、日本は「西洋」を受容することに懸命でした。夏目漱石がロンドンに留学し、テート・ギャラリーで様々な絵を見たのもこの頃のこと。西洋絵画を日本ではどのように受け止めたのか、ここにも先人たちの様々な苦闘がありました。それは現在にもつながっています。この点も、今回の展示では採り上げて行きます。

 何やら難しげな書き方になってしまいましたが、実際の展示は、こうした挿絵の魅力、そしてアニメーションとのつながりを宮崎監督自身の解説で存分に感じて頂けるものになるはずです。どうかご期待下さい。