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監督多忙につき、ただいま番外編!
2006年4月11日
第六十八回 「たいしたオヤジ」秘話
今日も、私が午後から外出したこともあって、吾朗監督と話す機会がありませんでした。監督からバトンタッチしたとたん、すれ違いの毎日が続いています。なので、以前吾朗監督から聞いた話を思い出して書きます。
監督は前に、宮崎駿監督について「父としては0点」といったことを書いていましたが、実は一度だけ「たいしたオヤジだった」と漏らしたことがあります。それはこんな話でした。
その機会があまりなかったということもあって、父に遊んでもらうのは、とても楽しかった。そして、子どもにもの教えるのがうまかった。「こうやれ」というのではなく、自分でやってみせて、相手に「これは面白そうだ」と思わせる。面白そうにやって見せる天才なんです。
しかし、今から考えてみると、それは「教え方がうまい」というより「すりかえがうまい」と言ったほうがいいような気もする。だから、中学校に入る頃にはこちらもスレてくるので、なかなか思うようにはいかなかったようです。
たとえば、私が戦艦のプラモデルを欲しがったとします。しかし、当時父は無名のアニメーターで、小遣いなんてほとんどくれません。それに不平を言うと、彼は、自分は子どもの頃、木を削っていかにおもしろく遊んだのか、ってことを実際にやってみせるわけです。そして、やってる途中から自分が夢中になってしまって、こちらにはやらせてくれない。それを見ている私は、もうプラモデルどころではなくなって、自分も早く削ってみたくてしょうがなくなる、というわけ。
しかし、この作戦が百発百中だったわけではありません。ある時、弟が「怪獣カードがほしい」と言い出しました。すると父は、「しょうがないなぁ」と、手近にあった紙に怪獣の絵を描きはじめたのですが、残念ながら、弟はぶちゃむくれ状態に。そりゃそうです。彼はウルトラマンの怪獣カードがほしかったのに、父が描いたのは、とてもウルトラマンには出てきそうにない、その場で創作した怪獣だったのです。