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2006年3月 9日
第五十回 宮崎駿からの贈り物
実は、宮崎駿監督は映画『ゲド戦記』に、
2つの贈り物をしてくれました。
本人に、そのつもりはありませんでしたが。
ひとつは前回書いた
「『シュナの旅』をやればいいんだ」という、人づてに聞いた発言。
これによって、ストーリーに見通しをつけることができました。
もうひとつの贈り物は、1枚の絵です。
それは、主人公のゲドとアレンが丘の上から、
かつて壮麗だった都が朽ち、
そこに人々がシロアリの巣喰うように住んでいる街を
見下ろしている水彩画でした。
これも私に描いてくれたというよりも、
「そも、ゲド戦記の世界とは!」と熱く語る宮崎駿に
鈴木プロデューサーが、「じゃあ、描いてみてください」と言い、
思わず描いてしまった絵です。
それはまさしく、原作『ゲド戦記』3巻の、
栄華を誇った文明が、今まさに崩れつつある風景、
均衡が崩れ、黄昏を迎えた世界を表していました。
この絵に導かれるように、私と美術監督の武重さんは、
クロード・ロラン、ブリューゲル、ドイツロマン派といった、
終末観の漂う西欧の絵画を参考にしながら、
映画の世界観を形作っていきました。
たしかに、私の中には
「シンプルでいきたい」という考えはすでにありました。
しかし、それはあくまで漠然としたものでしかなく、
それに具体的な肉付けをしていってくれたのは、
宮崎駿の描いた1枚の水彩画をきっかけとした、
たくさんの西欧絵画でした。
前に書いた、絵としての豊かさを大切にする
「アニメーションにおける新古典主義」という考え方も、
実はここに源を持っていたのです。