ページ内容
2005年12月26日
第八回 「する人生」を選んでしまった
連休で間があいてしまいましたが、
もう少し「ある人生とする人生」の話を書きます。
「ある人生」の大切さを説くゲドの言葉に衝撃を受けたのは、
私が、そのときまさに、
これまで避けてきたアニメーションの世界に
足を踏み入れようとしていたからです。
ゲドが言っているのは、
たんに立ち止まって考えることの大切さではなく、
どのような人生を選ぶべきかという、
もっと根本的な問題でした。
一見、「する」ことは自分が自由であることの証であるように見えます。
しかし実は、逆に自分自身を不自由にしているのではないか?
そうゲドは問うているのです。
これまでは私も、
何かを「すること」が「自由であること」だと思っていました。
しかし、何かをすることは結果を生み、人はその結果に縛られます。
そしてその結果を受けて、新たに何かをすることになります。
いえ、しなければならなくなります。
私は、高校の卒業が迫り進学について考えたとき、
アニメーションに興味を持ちながらも
その世界に身をおいたら一生父を超えることができない
という結論を出しました。
だから、なるべくアニメーションから遠い分野に進もうと、
信州大学の農学部に進学しました。
卒業後、設計事務所に就職しました。
8年ほど働いた後、突然、鈴木プロデューサーから、
「ジブリ美術館の立ち上げにかかわらないか」という誘いを受けます。
ここで私は、大きな「する」という決断をしましたが、
そのときはまだ、美術館とアニメーションは別物だ、
アニメーションの世界に入るわけではない、
という気持ちがありました。
しかし、その結果は見てのとおりです。
だから私は、前回引用したゲドの台詞を、読み飛ばすどころか
まるでわがことのように感じたのです。
皮肉にも私は、
「ある人生」の大切さを説いた『ゲド戦記』の魅力に惹かれて、
新たな「する人生」を選んだのです。