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特集コラム「ゲド戦記はこうして生まれる」
2006年6月26日
(8) ─色彩設計・色指定・仕上─
6月、最後の週。東京・東小金井は、雨。
アスファルトがしっとりと湿って、道行く自動車の音を、際だたせています。
制作休暇を終えたスタッフも、リフレッシュして戻ってきました。スタジオは少し活気を取り戻しながらも、初号試写前の、何とも言えない緊張感に包まれています。
運命の日まで、あとわずか……。
「ゲド戦記」の制作工程を紹介しながら、アニメーションの作り方を解説している「ゲド戦記はこうして生まれる」。いよいよ、アニメーションの映像制作の最終工程「色彩設計・色指定・仕上(しあげ)」と「撮影」を残すのみとなりました。
これまで、アニメーションのキャラクターを作画し、動かす「原画」と「動画」。画面の背景、世界観を画用紙に描き出す、「背景美術」について書いてきました。
このふたつは、コンピューターに取り込まれ、重ねられます。
『背景に動画の線画が重ねられた状態』
この、線画のキャラクターに塗る色を、作品全体を通して設計するお仕事が「色彩設計」。
「色彩設計」を元に、カットごとのキャラクターに塗るべき色を指定してゆくお仕事が「色指定」。
「色指定」を元に、1枚1枚、色を塗ってゆくお仕事を「仕上(しあげ)=デジタルペイント」と言います。
『ゲド戦記・制作フロー(クリックすると拡大)』
●「色彩設計」というお仕事
この間の制作日誌でも、何度か紹介してきましたが、アニメーションのキャラクターは文字通り、線で描かれた平面な絵です。
先ほどの、背景の上に載せられた線画を見直してみて下さい。
顔、目、鼻、口、髪の毛から、少年の首に巻かれた「枷(かせ)」に至るまでが、鉛筆の線で描き分けられています。
当然、この状態では、完成とは言えません。
完成画面をよ~く観察してみて下さい。
『完成画面』
髪の毛や肌、少年の服、キャラクターを構成する全てに色が塗られています。
この、画面に登場するキャラクターの色を、ひとつひとつ設計するお仕事が、「色彩設計」。
「ゲド戦記」では、高畑勲・宮崎駿両監督が「戦友」と呼び、絶大な信頼を寄せる、保田道世さんが色彩設計を担当して下さっています。
背景美術が、筆とポスターカラーを使って、森羅万象を表現するお仕事なら、色彩設計は、線画で描き分けられたキャラクター(だけではなく、草木や扉など、動くモノは全て色彩設計が色を指定します)の、一部分一部分に色を指定し、鉛筆で描かれた平面の絵に、命を与えるお仕事。
その奥はあまりに深く、この場で全てを解説することは難しいのですが、ひとつ解りやすい例を挙げてみましょう。
皆さん、人間の肌は「肌色」だと思いこんではいませんか?
先ほど紹介した完成画面の肌色を見てみてください。肌色と言うよりは、ちょっと青みがかった、グレーっぽい(?)色になっていますよね。
このページから観ることの出来る予告編を、キャラクターの肌の色に注目してご覧になってみて下さい。カットによって、全てキャラクターの肌の色が違うことに、驚かれると思います。
朝昼晩。夕陽に照らされたり、蛍光灯の下で見る僕らの肌の色が全て違って見えるように、アニメーションにおいても、画面の時間や天候、状況によって、キャラクターの肌の色は、無限に存在するのです。
色彩設計のお仕事は、そのカットの時間帯から環境、キャラクターの着ている服の素材から質感に至るまで……を色によって表現し、時にはキャラクターの感情までを表現する、実に奥深いお仕事なのです。
色彩設計は、このような画面上で行います。
背景の上に線画を載せ、鉛筆で描き分けられた範囲の色を設計してゆきます。
画面の下に、四角く、「パレット」と呼ばれる色の帯が並んでいますね。これらが、この画面で使われている色を示します。この画面では小さくて見えませんが、黒目の中だけでも、瞳孔と地の色、ハイライトという、3種類の色が使われています。
このカットだけで、30色くらいの色が使われているそうなのですが……僕は数えられませんでした(笑)
●色指定・仕上のお仕事
こうして、保田さんが設計したキャラクターの色を、色指定スタッフが、カットごとに指定してゆき、仕上担当スタッフは、色指定スタッフが指定した色を元に、1枚1枚、色を塗ってゆきます。
『仕上スタッフが色を塗りおえた画面』
「ゲド戦記」の動画枚数は、約76000枚。
その1枚1枚全てに、色を塗ってゆくのです。
想像しただけでも気が遠くなる作業。仕上部のスタッフたちは、朝から夜まで、食事とおやつ休憩をのぞいては、ズーッとコンピュータに向かい、この膨大な仕事を、見事に成し遂げました。
『仕上部で色指定チェック中のゴロウ監督』
さあ、こうして、キャラクターと背景が完成しました。
次回は、映像制作の最終段階、「撮影」のお仕事を紹介し、最終回としたいと思います。