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特集コラム「ゲド戦記はこうして生まれる」
2006年5月13日
(2) ─絵コンテ・キャラクター・美術ボード(後編)─
東京・東小金井は、冷たい雨。
外から漏れてくる、車が水を跳ねる静かな音を聞きながら、動画・仕上・CG・撮影スタッフは、黙々と作業を進めています。
『シャチも、受付で雨宿り』
●頭をふたつに分けてみよう
前回の前編では、アニメーションの設計図「絵コンテ」について書きました。今回の後編では、「キャラクター表」と、「美術ボード」について、書いてみたいと思います。
その前に、これから、「ゲド戦記」の画面が生まれてゆく過程を紹介してゆくにあたり、ひとつ、頭の準備をしておいて頂きたいのです。
キャラクターと背景を、頭の中でふたつに分けること。
皆さんが普段ご覧になるアニメーションの画面には、当然、キャラクターと背景の両方が映っています。
『完成画面』
手前に、主人公の少年(キャラクター)。
奥に、何処かの壁(背景)が描かれていますね。
アニメーションは、キャラクターを担当する、アニメーターと、背景を担当する背景美術スタッフが、手分けして作業をします。
何故でしょう?
アニメーションの映像は、止まった絵ではありません。
キャラクターが、喋ったり、歩いたりする動き(演技)は、全て、アニメーターが、昔、僕らが教科書の隅に描いたパラパラ漫画のように、1枚1枚描いてゆきます。
一方、背景は原則として止まっています。(上下左右に引っぱったり、CGを使って、動かすことはあります)
これらを、1枚の絵に描いてしまうと、本来止まって見えているハズの背景まで、1枚1枚描かなければなりません。
これは、合理的ではありませんよね。大体、絵の具で、何枚もの同じ背景を描いていたら、時間がいくらあっても足りません。
そこで、アニメーションでは、キャラクターと背景を、手分けして作業し、各々の作業が終わったら、合成して、最終画面を作るのです。
『背景の上に、キャラクターを載っけるイメージです』
前回紹介した「制作フロー」を見返してみましょう。
『クリックすると拡大』
「レイアウト」から、「原画」と「背景」の工程とが分かれていますよね。
アニメーターと背景美術スタッフが手分けして作業をした絵は、キャラクター部分に仕上げ部が色を塗り(デジタルペイント)、撮影部で合成され、最終画面になるのです。
更に、撮影・CG・特殊効果のスタッフが、上から、光や肌の汚れなどの処理を加えて、最終画面が完成します。先の完成画面には、少年の頬の汚れや光の処理が加えられていますが、これはいずれ、解説しましょう。
このように、絵の具で描かれた背景の上に、鉛筆で描かれ、色が塗られたキャラクターを載せるアニメーションのことを、「セルアニメーション」と言います。
現在は、背景とキャラクターをコンピューター上で合成していますが、昔は、キャラクターを透明なセルロイド(アセテート)の上に転写して着彩し、背景の上に載せていたことから、こう呼ばれています。
ちょっと複雑な話になってしまいましたが、まずは、「アニメーションは、キャラクター(セル)と背景を、二手に分けて作業をする」というポイントだけ、覚えてください。
●キャラクター表と美術ボード
さて。
前回は、映画の設計図「絵コンテ」によって、最終的に作るべき作品の、ストーリーから絵柄、台詞や音響に至るまでを、スタッフが共有する事が出来る──という事を書きました。
しかし、絵コンテだけでは足りません。
絵コンテに描かれている絵は、鉛筆で描かれたラフな絵ですから、最終的に画面に映し出されるキャラクターや背景を、更に具体的なイメージにし、スタッフと共有しなければならないのです。
ここで、先ほどの長~い、説明が生きてきます(笑)
キャラクターと背景。
各々の作業で必要な、完成画面のイメージが、必要になってくるのです。
それが、「キャラクター表」と「美術ボード」です。
●キャラクター表
キャラクター表は、最終的にキャラクターをとりまとめる作画監督が、監督と相談しながら作ります。
「ゲド戦記」では、作画演出の山下さん、作画監督の稲村さんが描きました。
主要キャラクターから脇役に至るまで。
顔の正面・横・後ろ、上を見上げた状態から、頭を下げた状態、立っている状態、座る時の様々なポーズ。どんな服を着ていて、髪の毛はどの方向に流れているのか……等々。
実際に、アニメーターたちが手分けして作業に入った際に、皆が統一した絵を描けるように、キャラクターのイメージから、具体的な作画方法に至るまでを細かに指定し、スタッフの共通認識を計ります。
『「ゲド戦記」のキャラクター表』
各スタッフは、自分の机の前に、このキャラクター表を貼ったり、何度も見返して、自分の担当するカットを、描いてゆくのです。
ちなみに、作画監督の稲村さんは、こんなモノまで作りました。
『「原点ニカエル」のニカエルさんの作画講座』
絵コンテが、作品全体のイメージを共有するためのモノなら、キャラクター表は、アニメーターたちが、自らが動かすキャラクターのイメージと、特徴を共有する為のものなのです。
●美術ボード
美術ボードは、美術監督が描きます。
キャラクター表と同様、監督と話し合いながら、当該カット(シーン)の、空の色、建物の造形から質感、木々や草木に至るまで、映画の世界観を、作り込んでゆきます。
背景美術スタッフは、この美術ボードを元に、どのような絵の具を使い、どのような筆さばき必要なのか──を判断し、本番の背景を描き出してゆきます。
『ゲド戦記の美術ボード』
この写真に写っているボードは、ほんの一部。
美術監督の武重さんは、最終画面を決め込む迄に、同じシーンで、何種類ものボードを描き、ゴロウ監督と共に、映画の世界を作り込んでいきました。
とあるスタジオの美術監督さんが、武重さんの美術ボードを見て、こうつぶやきました。
「これ、そのまま本番で使えるんじゃないの……?」
キャラクター表が、映画の登場人物のイメージを共有する為のモノなら、美術ボードは、映画の背景=世界観を共有する為のモノなのです。
さあ、もう一度復習しましょう(笑)
セルアニメーションの画面は、キャラクターと背景のふたつに分けて作られる。その為には、「キャラクター=登場人物」と「背景=世界観」を、スタッフが共有する為の、キャラクター表と美術ボードを作らなければならない。
次回からは、具体的なプロダクション作業について、書いてゆきます。