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特集コラム「ゲド戦記はこうして生まれる」
2006年5月11日
(2) ─絵コンテ・キャラクター・美術ボード(前編)─
●はじめに
映画「ゲド戦記」の映像は、どうやって生まれるのか。
映画の完成日まで、制作過程を紹介してゆく特集コラム「ゲド戦記はこうして生まれる」。前回は、前口上と題して、映画制作の全体像について、触れました。
今回は、「絵コンテ」について書いてみたいと思います。
次の制作フローをご覧下さい。(クリックすると拡大)
『ゲド戦記・制作フロー』
上部の、赤く塗られているところが、今回と次回で紹介する制作工程「絵コンテ・キャラクター表・美術ボード」です。
本コラムでは、主にプロダクションに触れますが、今回取り上げる、絵コンテ・キャラクター表・美術ボードは、監督以下、メインスタッフが準備段階に制作する為、プリプロダクションに含まれます。
●絵コンテとは
絵コンテとは、監督あるいは演出家が、映画の画面、カット割り、台詞や演技・状況指示などを、4コマ漫画のように、1カット1カット描き込んだものを言います。
「ゲド戦記の作り方」でも書きましたが、アニメーションは、全ての映像を人間の手で描くその性質上、文字だけのシナリオだけでは、スタッフが手分けをして作業をするに至りません。各々が、文字から勝手なイメージを膨らませていたら、てんでバラバラな作品が生まれてしまうからです。シナリオより、具体的なイメージを、プリプロダクション段階に詰め、スタッフに提示する必要があるのです。
映画の公開前に、「ゲド戦記」の絵コンテを表に出す事は出来ませんので、今回は仮に、予告編・冒頭の映像を、絵コンテ用紙にあてはめたものを使って解説しましょう。
実際の絵コンテは、鉛筆と色鉛筆で、もっとラフな絵で描かれています。
『予告編の冒頭を貼り付けた絵コンテのサンプル』
中央の、画面が描かれている4コマ漫画のような部分が、その時、スクリーンに映っている映像を示します。
●絵コンテを読み解く3つのポイント
まず、3つのポイントを押さえましょう。
■1.赤い欄の数字 = カット番号
この数字は、「カット番号」と言います。
「カット」とは、切れ目の無い、ひと続きの映像のこと。
予告編と照らし合わせながらご覧頂くと解りやすいと思います。カット1が、スタジオジブリ作品の画面。次に「カットが変わって」カット2で、空を飛ぶトンビの画面。カット3は、街の全景──という風に。
アニメーションでは、全ての映像を、この「カット」という単位で管理します。
今夜、テレビを観る際に、カット割り(カットを切り替える事を「割る」と言う)に注目して見てみてください。
例えば、ドラマで男性と女性が向かいあって話している場面。男性の顔を写した映像が、女性の顔に切り替わった瞬間。これが、「カットが変わった瞬間」です。
クイズ番組で司会者の顔が映し出された後、回答者の顔に切り替わった時。これも、カットが変わる瞬間です。全ての映像が、カットの集まりで出来ているという事が、実感頂けると思います。
ちなみに、複数のカットで構成された「場面」の事を「シーン」と呼びます。
例えば、キャラクターが家の中にいる一連のカットを、「家の中のシーン」とひとまとまりに考え、キャラクターが外に出て、目的に向かうまでの一連のカットを、「お出かけのシーン」と言ったりします。
実写映画の場合は、撮影場所が変わる為、「シーン」分けがとても重要ですが、アニメーションで、カットをシーン単位で扱う事はあまりありません。
ともあれ、映像を扱う基本単位「カット」という言葉を覚えて下さい。
■2.青と緑の欄の記述 = ト書きと台詞
ト書きとは、そのカットの内容を示す記述です。上記絵コンテの青い部分には、そのカットがどのような場所で、どんなキャラクターがいて、監督(演出)が、何をしたいのか、キャラクターにどのような芝居をさせたいのかが、記されています。
緑色の部分は、キャラクターが発する、台詞が記される欄です。音楽や、効果音など、音にまつわる指示も、この欄に記入されます。
■3.黄色で示された欄の数字 = 秒数
黄色い枠の中には、カットごとの秒数が記されています。
映像は、時間と空間の芸術ですから、そこに描かれる映像(空間)に加え、カットごとの尺(長さ)も、指定しなければなりません。
トトロマークのカットは、2.5秒(アニメーションは、1秒24コマ(後に解説)なので、0.5秒=12コマ)トンビの飛んでいるカットは、4秒というように。
実写映画の場合は、撮影現場での、役者の演技や状況によって、「撮影された映像=秒数」になりますが、アニメーションは、スタッフが一枚一枚の絵を描く性質上、あらかじめ、カットごとの秒数を決めておく必要があるのです。(作画中に変更になる事もある)
「ゲド戦記」の完成予定尺は、約110分(=6600秒)。総カット数は1236カットですから、1カットにつき、平均5秒強、という計算が成り立ちます。
スタジオジブリの作品は、1カット平均、大体5秒。情景描写の多いシーンは、1カットごとの平均秒数が増えますし、アクション描写の多いシーンは、逆に短くなる傾向があります。
ちょっと専門的な話になってしまいましたね……(笑)
●まとめ
以上が、絵コンテを理解する為の3つのポイントです。
プロダクション作業に入る前に、スタッフに絵コンテが配布されます。各スタッフは、絵コンテの絵と、ト書き・台詞を見て、各々のカットで必要な絵や演技を共有し、作業を進めるのです。
同様に、絵を描くスタッフだけではなく、音楽家や音響効果スタッフにとっても、絵コンテは重要なものである、という事がお解り頂けるのではないかと思います。
絵コンテは、その重要性から「映画の設計図」と呼ばれています。
慣れてくると、絵コンテを読みながら、単純に絵を追いかけるだけではなく、横目で秒数を見ながらカットを流れで追い、頭の中で台詞を喋りつつ、音楽や効果音を想像する──という事が出来るようになります。(僕が出来る、と言っている訳ではありません(笑))
『ゲド戦記の絵コンテ』
最後にクイズです。
先に挙げた絵コンテを見返してみてください。
カット番号が、1―2―3ときて、1マス分あいて、4になっていますよね。
何故でしょう……?
もう一度予告編を見直して、カット3に注目してみてください。
このカットは、縦長の街を、カメラがゆっくり下がっていって全体を映し出しています。
ひとつの画面におさまりきらない絵を、カメラを動かして写すことを「カメラワークをつける」と言います。画面が切り替わっていないこのカットは、1カットと見なされるのです。
カット3の様に、カメラを上から下へ振ってゆく事を「P・D(パン・ダウン)」と言います。
絵コンテについてもっと詳しく知りたい方は、スタジオジブリ絵コンテ集を、ご覧下さい。
後編は、絵コンテを元に、キャラクターと世界観のモデルとなる、「キャラクター表」と、「美術ボード」について、書いてみたいと思います。