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週一回更新コラム「ゲド戦記の作り方」

2006年4月 7日

番外編 「韓国・アニメーションスタジオ訪問記」 ─中編─

 
 第1回(前編)はこちら。


 「ゲド戦記」動画検査スタッフによる作画説明会は、2日に分けて行われた。

 1日目は、ソウルDRムービーの動画スタッフに対して。
 2日目は、この日の為に駆けつけてくれた、釜山(ソウルから約400キロ)DRの動画スタッフと共に。

 DRは、本社であるDRムービーとは別に、欧米のアニメーションを手がける「DRモア」と、動画と仕上を中心に担当している「釜山DR」の3社で構成されている。日本のアニメーションの動画は、主に釜山DRで作業され、日本と航空距離的に近いソウル本社は、緊急の仕事を主に請け負っているそうだ。


 さて。

 ジブリスタッフによる説明会は、アニメーションの作画について、多少の知識はある僕にとっても、非常に興味深い内容であった。細かな取り決めや、具体的な作画テクニックにとどまらず、仕事に対する視座や姿勢に至るまで、その内容は多岐に及んでいたからである。
 
 今回、同行した動画検査スタッフの舘野さんは、長年、高畑勲・宮崎駿作品の動画検査をつとめ、両監督の大きな信頼を勝ち得ている、ジブリ作品の動画を知り尽くしている人だ。

 コラム「ゲド戦記の作り方」の番外編「韓国・アニメーションスタジオ訪問記」の第2回目は、舘野さんの行った説明会の様子をレポートするが、その前に、アニメーションの動画及び、動画検査の仕事について、簡単に触れておきたい。


●動画・動画検査とは


 アニメーションの作画は、キャラクターを担当するアニメーターと、背景を担当するスタッフ(背景美術)の二手に分かれ、作業が進められる。(以降、線画に色を塗る仕上部というセクションの作業を経て、最終的に撮影部で背景と合成される)
 
 
genga.jpg
『原画(作画監督の修正済み』
 
 
douga.jpg
『動画』
 
 
composit.jpg
『完成画面(線画に仕上スタッフが色を塗り、撮影部が背景と合成)』
 
 
 原画アニメーターが、監督の演技指示の下、比較的ラフな線で、キャラクターの動き=演技を担うのに対し、動画アニメーターは、原画の線をクリンナップ(後述)し、動きのキーとなる部分のみ描かれている原画の画と画の間の動きを埋めてゆく(中割り)。

 クリンナップとは、ラフな原画の線を、最終的に画面に映し出される状態である一本の綺麗な線に描き起こす作業。我々が実際に、テレビや劇場で目にするキャラクターの線は、動画アニメーターが描いたものなのだ。
 
 
genga_up.jpg
『原画の線』
 
 
douga_up.jpg
『動画の線』
 
 
composit_up.jpg
『完成映像の線』
 
 
 中割とは、原画アニメーターの描いた、動きのキーとなる画と画の間の画を埋めてゆくこと。原画と同様、動き=演技に対する深い理解が必要とされる。いくら原画が良くても、最終的に映像上で使われる動画の線や動きが美しいものとならなければ、作品の質を保つ事は出来ないという事が、お解り頂けるのではないかと思う。
 

 動画検査スタッフは、完成した1カット1カットの動画を1枚1枚チェックする、動画の責任者。「ゲド戦記」では、舘野さんともうひとりの動画検査スタッフ、補佐1名の、3名で全ての動画をチェックしている。

 線の品質や、中割の内容。色分けが適切に行われているか──等。ミリ単位(場合によってはそれ以下)の細かな点、全てに目を通す。
 動画検査を経た動画は、仕上部にまわり、色指定された上で、1枚1枚、色が塗られる。パソコンのペイントソフトを使ったことのある方なら覚えがあるかもしれない。線画に色を塗る際に、線と線が離れてしまっていると、その間から色が漏れてしまう。仕上スタッフが色を塗るために、動画の線をとりまとめる事も、動画検査スタッフの重要な仕事である。

 未だ、全ての作業が終了していないので正確な数字は出せないが、「ゲド戦記」の動画枚数を仮に、1カットにつき平均65枚前後とすると、8万枚以上の動画を、1枚1枚チェックしなければならない、という計算になる。


●スタジオジブリの動画メソッド


 説明会は、DRの会議室にて行われた。

 1日目が、ソウルDRのスタッフ20名。2日目が、釜山DRのスタッフ5名。ジョン社長や、釜山DRの室長や制作部・マネージャーも集い、会議室は熱気で一杯になった。
  
 
20060406_seoul.jpg
『ソウルDRの動画スタッフたち』
 
 
20060406_busan.jpg
『釜山DRの動画スタッフたち』
 
 
 舘野さんの説明は、大きく3つの要点に分けて行われた。


 1.作画上の細かな注意点

 2.作画上の具体的なテクニック

 3.仕事に対する考え方について


 1.に関しては、専門的な内容を多く含むので詳細は省く。
 動きの設計図となるシートや合成伝票に書き込む数字や記号の打ち方、動画をコンピューターへスキャンする際の、フレーム(画面の範囲)の指定。背景との整合性を図るための描画指示(クミ)等々──手分けして作業を進めるアニメーション現場で、必要とされる取り決めばかりだ。


 2.に関して、舘野さんは冒頭、「ゲド戦記」の目指す動画の線について、こう表現した。
 
 
 あたたかく
 ゆったりとした
 のびやかで
 生き生きとした線──
 
 
 普段、アニメーションを観る際に、キャラクターが全体的に柔らかいフォルムを帯びて見えたり、逆にシャープで硬質的に見える、といった経験はないだろうか。これは、キャラクターデザインの段階から、どういうキャラクターを目指していたのかに起因するが、最終的な画面においては、動画の線の質感による部分が大きい。

 具体的に言葉にするのは難しいが、シャープペンシルで描く線と違い、鉛筆で描く線には、力のいれ具合や抜き方によって、実に多用なメリハリを表現する事が可能だ。
 例えば、ジブリの作品の動画は、線が太い。しかし、単純に太く均一に線を引いてしまうと、全体的にもっさりとした、重たい画になってしまう。小さい頃、写し紙で、アニメーションのキャラクターを写し描きした時のことを思い出して欲しい。丁寧にトレースしたつもりでも、何だかオリジナルと比べて、のっぺりと平面的に見えてしまうことがあった筈だ。これは、線が均一過ぎて、描いた人が見せたかった意図を、正確にトレース出来ていないからなのだ。


 線の太さよりも、
 その画に応じた一本一本の線の質感が大事になってくる──。


 舘野さんは、ジブリ作品で必要とされる、あたたかく、柔らかな線を、実際に描いて見せてゆく。
 
 
20060406_kakikata.jpg
 
 
 例えば、鉛筆の使い方。

 DRのスタッフは、細かな線が多い最近の作品向けに、Bの鉛筆を使っている。一方、ジブリのスタッフは、人にもよるが、2B~4Bの、比較的柔らかい鉛筆を使っている。
 次の写真を見て欲しい。
 
 
20060406_pencil.jpg
 
 
 良く見ると、尖った鉛筆の先が、更に斜めに削れているのがお判りになると思う。太くてやわらかい線を描きたいときは、左側の、少し平面的になった「面」を、鉛筆を寝かせて使う。一方、細かい部分を描きこむ際には、反対側の、「尖」った部分を紙に対して、立てて使う。こうする事によって、尖った鉛筆や丸まった鉛筆を使い分けずとも、一本の鉛筆で様々な線を表現する事が出来ると言う。


 例えば、鼻の描き方。

 アニメーションのキャラクターは、目や鼻、輪郭などの記号が、1ミリでも違ってしまうと、大きく印象が変わってしまう。鼻の穴ひとつとっても、動画スタッフが、きっちり「穴」として表現するか、単なる「点」や「線」として描いてしまうかによって、キャラクターの印象が全然変わってくる。
 
 
20060406_hana.jpg
 
 
 例えば、開いている目が、閉じる動きの場合──。


 開き目 → 半目(中目) → 閉じ目


 この時、半目になった目のまぶたに、原画上でまぶた線がなくても、まぶた線を動画で入れることによって、目が「パチッ、パチッ」とではなく、ゆったりと開き閉じするように見えるのだそうだ。


 例えば、開いている口が閉じる演技があったとき。


 開き口 → 中口 → 閉じ口


 この時、中口にきちんと歯を描いておかないと、口が開き閉じする際に、白い歯が出たり入ったりしたように見えてしまう──。


 これらの細かいテクニックを使うとき、現場では、


 画がやせて見えないように──


 と言うのだそうだ。


 DRの動画スタッフたちは、何れも多くの作品を手がけたベテラン揃い。言葉は違えど、紙の上では、しっかりとコミュニケーションが行われていた。


 最後に、仕事に対する考え方について、舘野さんが口にした言葉が印象的だった。


 自分で自分を育てて欲しい。


 アニメーターという仕事は、日々机に向かい、自分と戦う仕事。漫然と仕事をするか、更に綺麗な線を目指して、一本一本を大事にするかによって、結果は全然変わってくる、という事だろう。


 DRのスタッフたちは、大きくうなずいていた。


 次回は、DRのCEO(最高経営責任者)のジョン社長に取材した、日韓のアニメーションの歴史と今について、書いてみたい。
 
  
20060406_nozokikomu.jpg