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週一回更新コラム「ゲド戦記の作り方」

2006年1月25日

現代を呼吸する ─テーマ(2)─

 
 これまで、映画の企画とテーマに対する考え方について、大きく3つの事を書いてきました。


  今流行しているものと逆の事を考え、故き事に学ぶこと。

  その作品ならではの、3つの新鮮さを考えること。

  「今何を」「誰に向かって」作るのかを明確にすること。


 不易流行という言葉があるように、時代に流されることのない普遍的なテーマを、現代に向けてどう作るか──その両立が、映画を作る上で最も大切なこと。

 今回は、現代と向き合う為にジブリで大事にされている、3つの情報源についてのお話です。

 情報源といっても、特別な情報機関のスタッフを雇っていたり、謎の機密文書が送られてくる訳ではありません(笑)


  毎週日曜日の夜に放映される「NHKスペシャル」

  毎朝読む、新聞

  会社にいらっしゃるお客さん


 これがジブリの、3つの情報源です。


●「NHKスペシャル」と新聞は現代史


 月曜日の朝。ジブリでは、前日夜に放映された「NHKスペシャル」の内容をめぐって、議論が交わされます。番組の内容は、地球規模で起こっている問題を扱ったものから、ひとりの人間に光をあてたものまで様々。「NHKスペシャル」は、情報が氾濫する現代において、今まさに書き加えられつつある現代史を、映像を通して目の当たりにする事の出来る、貴重な番組のひとつです。


 「ゲド戦記」の企画が動き出す直前、「フリーター漂流」と題して、現代の若者の、労働環境を取り上げた番組が放映されました。その番組を、鈴木プロデューサーも、宮崎吾朗監督も観ていて、ひとしきり議論をしたことを思い出します。

 番組は、現代ニッポンの若者が置かれている劣悪な労働環境にスポットをあて、まるで使い捨ての様な雇用体系でしか、働く事の出来ない現実を浮き彫りにしていました。

 この番組を通して、監督以下、僕らが知ったことは、現代を生きる若者の現実と気分です。
 当時はまだ、企画を本格的に動かし始めたばかりでしたが、映画に登場するキャラクターや世界の気分は、どこか、この番組で描かれた現代に通じるものがあるかもしれない、と話した事を記憶しています。

 勿論、映画の世界や登場人物が、そのまま現代を背負っている訳ではありません。しかし、監督が、原作を通して描きたいと考えていたことと、現代との接点を見つける大きなきっかけを、この番組は与えてくれた、と僕は思っています。


 新聞も、大事な情報源です。
 日々のニュースから連載・コラムまで、新聞は、現代を扱うメディアですから、今何が世の中で起こっているかを知り、スタッフ間で認識を共有する事が出来る。鈴木プロデューサーと宮崎吾朗監督は、月に一回「朝日新聞」の夕刊に連載されている、評論家・加藤周一さんの「夕陽妄語」を楽しみにしていて、翌朝は必ずといって良いほど、その内容について、あれこれ話し合います。

 こうした議論の中から、目の前の命題に対する新たな答えが、生まれてくることがあるのです。


●今を生きる人と話すこと


 それでも、活字や映像を通して得られる情報には限界があります。テレビや新聞・雑誌では得られない、生の情報を下さるのは、ジブリにいらっしゃるお客さんです。

 ジブリには、毎日多くのお客さんが訪れます。
 映画製作に関わる方々から、まったく別業界の方まで。当然、その時々の案件というものがあるのですが、1時間~2時間ほどの時間の半分は、今、そのお客さんをめぐる現状で、何が起こっているのか、という話題に花が咲きます。

 実際に、各々の現場で働いている方とお話しすると、テレビや新聞・雑誌からは伺い知ることの出来なかった、深いお話が聞く事が出来る。世間に流布されている情報と、180度異なる真実に、目を見開かされることも少なくありません。

 最も耳を傾けるべきは、お客さんが、今この瞬間を、どう考えているのか、ということ。
 一人ひとり、置かれている環境は違いますから、時代認識は様々です。メディアを通して知る、俯瞰した時代認識とは別に、ひとりひとりが今をどう考えているのかを知ることが、より深く、現代を知る事につながる。

 不易と流行が共存するように、全体の中に部分があり、部分の中に全体があるのが、人の世の面白いところです。

  
20060125_suzukidesk.jpg
『「今」をテーマに議論が交わされる、鈴木プロデューサーの執務室机』


 次回は「ゲド戦記」の企画時に話題に上った、皆さんも良くご存じのベストセラー書籍について、書いてみたいと思います。