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週一回更新コラム「ゲド戦記の作り方」
2005年12月26日
三つの約束 ─企画とは何か(3)─
今日は、映画を企画する際に、鈴木プロデューサーが必ず要求する、「三つの約束」について、書いてみたいと思います。
「映画を企画する時には、その作品ならではの『新鮮さ』を、最低三つ用意しなければならない」(鈴木語録より)
何故、鈴木プロデューサーが、この「新鮮さ」にこだわるのか。
それは、高畑勲監督との出会いがきっかけだったと言います。
ジブリの高畑勲監督は、優れた演出家としての力だけではなく、プロデューサーとしての慧眼も持ち合わせた、希有な方です。宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」のプロデューサーをつとめた事は、ちょっとジブリに詳しい方なら、ご存じの筈。
鈴木プロデューサーは、「プロデューサーとしての『いろは』は、全部高畑さんから教わった」と公言してはばかりません。
「風の谷のナウシカ」を、あえてSFファンタジーと分類するならば、当時の日本は、アニメブームのまっただ中。SFファンタジー作品が隆盛を極めていました。そうした諸作の中で、「風の谷のナウシカ」の新鮮さをいかに訴えてゆくか。それが、映画の成功の大きな鍵でした。前回お話ししたとおり、映画の企画には、新鮮さが不可欠だからです。「あ、また同じ様な映画ね」とお客さんに思われてしまったら、映画は成功しません。
以下に引用するのは、高畑監督が「風の谷のナウシカ」のプロデューサーとして、企画書に記した、作品の特徴素描です。プロデューサー・高畑勲が見事に、作品の新鮮さを捉えています。
●「風の谷のナウシカ」特徴素描
■諸作との共通点
1.SFファンタジー。不思議な世界の構築。特異な風俗、コスチューム。
2.人類の運命をかけた正邪善悪の斗争。
3.少年少女の活躍。
4.様々な飛行メカと巨大メカ(みかけ上の類似)
■それに対応する「風の谷のナウシカ」の新鮮さ
1.スペースオペラでなく、あくまで地球上の問題を扱う。SF風でなくむしろ中世的ファンタジーを感じさせる側面を持つ。
2.エコロジカル・テーマを正面にうちだす現代性。環境汚染、自然破壊・エネルギー消費等現代社会の大問題とまともに対応することによる話題性の豊富さ。
3.主人公(ナウシカ)は、「正義のためには斗いをも辞さず」の(事実上)好戦的な闘士系ヒーローではない。現実を越えてその先を見透す澄んだ目の持ち主。殺さず、救い、なだめ、つつみ、宥和する心で勝つ。眥(まなじり)を決して立つ美形ではなく、軽々と風に乗り、しなやかな身のこなしの少女。攻めるのではなく、まず受け入れる。
4.メーヴェの軽快さ。ガンシップ・コルベット・バカガラス・飛行ガメ等々、特徴ある宮崎メカ。巨大メカ的なオーム、巨神兵はいずれも無機的な道具ではなく、心力意思をもち、その象徴的な意味づけが作品内容と重要なかかわりをもつ。
いかがですか?
僕はこのメモを読んだときに、目からウロコが落ちた思いでした。「風の谷のナウシカ」の新鮮さは、まさに、それまで作られたSFファンタジー作品の対極にあったのです。
『「風の谷のナウシカ」の制作資料』
例えば、「もののけ姫」はどうでしょう?
1.時代劇だけど、誰も観たことのない室町時代の日本が舞台。
2.侍や貴族の登場する豪華絢爛な戦国絵巻ではなく、大地と共に生きる民衆が主人公。
3.明確な善悪は存在しない。人間と、森を守るもののけたちとの、互いの生きる道をかけた壮絶な闘いの物語。
ちょっと考えただけでも、今まで作られた日本を舞台にした映画には無い、新鮮さが盛り込まれている事が、おわかり頂けるのではないか、と思います。
僕は映画を観るときに、「この映画の新鮮なポイントはどれだろう?」と考えるようにしています。勿論、何も考えずに観られるハリウッド超大作も大好きですが、心に残る、何か新しい感動をくれる映画には、必ず、今までにはない「約束」が盛り込まれている、と思います。それが、「普遍性」である場合もありますが。
ちなみに、「ハウルの動く城」の「三つの約束」は、
1.18歳の少女がお婆ちゃんになってしまうという意外性。
2.あの、奇怪な城が動く、という映像的なインパクト。
3.ハウルという青年が、善と悪、どちらにもつかない。自分は一人の女性の為に生きるという価値観の持ち主。
といえるでしょうか。
作品の新鮮さとはいったい何なのか分析し、三つ具体的にあげてみる。
企画を作るときには必ず、それを心がけておく事が、お客さんに「あ、観てみたいな」と思って貰える大きな一歩です。
鈴木プロデューサーは企画立案時に、そこにこだわりますが、それは映画をより深く面白くするだけではなく、いずれ宣伝で映画の内容をお客さんに知ってもらう時の為に役立つ、と考えているのです。
では、「ゲド戦記」の「三つの約束」は何か。
それを今言ってしまっては、ネタバレになってしまいますので、言いません(笑)
「ひとつの約束」だけ、予告してしまうと……。
主人公の男の子が、今までのジブリ作品には登場しなかったキャラクターである、という事でしょうか。
あ、監督が「それ以上言うな!」と横で睨んでいますので、このくらいで……。
次回は、原作とどう向き合うか、というお話をしたいと思います。