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「ゲド戦記」制作日誌
2006年3月24日
男鹿さんを拝みたい
今朝は、ゴロウ監督とふたりで、男鹿和雄さんのお宅へ伺って、完成した背景を頂いてきました。
男鹿さんにお願いしているのは、物語の中盤に登場する、重要な自然描写のシーン。
おそらくゴロウ監督も、監督日誌でその様子を書くと思いますが、紙に描かれた背景から、緑草の匂いが香り立ち、夕刻のひんやりとした風が、見る者の頬をなぜるかのようです。
『持ち帰った男鹿さんの背景を、食い入るように見る背景美術スタッフたち』
男鹿さんと、ゴロウ監督の会話は、非常に興味深いものでした。
日本と西洋の茅葺き屋根の葺き方の違いや、直接描かれることのない、建物の構造に至るまで。ひとしきり議論に花を咲かせたあと、1枚1枚、完成した背景を見せて頂きます。
興味深かったのは、石垣に、水色で筆のタッチがちらされているところ。
石垣は灰色がベースですから、現実には水色が混じっている筈はありません。でもそこに、まったく違う別の色を混在させる事によって、画面全体から放たれる爽やかさが、大きく変わってくるのです。
背景美術の世界では、こうしたテクニックを「隠し味」と呼びまます。
次に、暮れなずむ夕陽を、望遠で捉えているカット。
ゴロウ監督の絵コンテには、「オレンジ色に輝く太陽」、とありました。
でも、男鹿さんの背景は、太陽が、輪郭に赤みを抱きつつも、白く輝いています。
なまじ絵の具で赤や黄色をひいてしまうと、輝く太陽の色が沈んでしまう。思い切って白く描いた方が、夕陽の輝きを表現できる──。
全ての話が終わった後、男鹿さんが、こうつぶやきました。
「僕たちは、筆の使い方を、せっせと真面目にやるしかないんですよ」
背景美術を極めた方こそ、言える言葉──。
帰りしな、男鹿さんのご自宅に向かって、静かに手を合わせた次第です。
『男鹿さんが、四国・松山で撮ってきて下さった写真。……何かに似てますよね?』