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「ゲド戦記」制作日誌

2006年1月 9日

三本のシワ

 
 作画監督の稲村さんが、僕の席にやってきて、ポツリ。


 「○○が□□に会うカットで、○○の表情はどうなっていると思う?」


 ○○は、主人公の少年の名前。□□はとあるキャラクターの名前ですが、絵コンテでは読み取りきれない、微妙な表情のニュアンスを、どう表現したら良いか、考えているのでした。


 作画監督とは、キャラクターの表情・体型や骨格・演技などを最終的にとりまとめる、原画の総責任者。

 アニメーションは、多くのスタッフが、シーンごとに手分けをして作業をしています。同じキャラクターを描いていても、担当者ひとりひとりのクセは違いますし、演技に対する考え方も変わってくる。それを、監督の意図を汲みながら、ひとつひとつ修正して全体の統一を図るのが作画監督の仕事です。


 アニメーションは記号である、とよく言われます。

 緻密に描き込まれたリアルな絵画と違い、アニメーションは鉛筆の線と、色分けされた色面で、キャラクターを表現しなければなりません。
 アニメーションで、東洋人の鼻が、一本の小さな線で描かれ、西洋人の鼻が、クッキリ大きく描かれているのは、東洋人は鼻が小さく、西洋人は鼻が大きいという、両者の特徴を、記号的に表現しているからです。漫画にも、同じ事が言えますね。


 稲村さんが悩んでいたのは、主人公の少年が、あるキャラクターに出会った時の表情。


 単純に驚いているのか、それとも、恐怖を含んだ表情なのか。


 どちらにするかで、少年の顔に入れるシワが変わってくると言うのです。
 本当はもっと微妙なニュアンスを含んだ話だったのですが、素人の僕が簡単にまとめると、こんな感じです。


 若いキャラクターの表情を出すには、3つのシワが必要になる。

 ひとつは、口元のシワ。二つめは、目じりのシワ。3つ目は、眉間のシワ。

 成る程、稲村さんの話を聞きながら原画を見ると、恐怖で顔がゆがんでいる少年の口元と目じりに、普通の表情の時には描かれていない、シワが描かれています。逆に、怒っている表情のカットは、眉間にシワが描かれている。

 ある程度年齢の高いキャラクターには、顔のシワが入れやすいので表情の変化が出しやすいのですが、若いキャラクターは、一本でもシワが入ると途端に年をとって見えてしまいます。シワもまた、年齢を示す大事な記号なのですね。その、たった数ミリのシワをどう入れるかを、稲村さんは悩んでいるのでした。


 皆さんも、アニメーションや漫画をみるときに、キャラクターの「記号」としてのシワに注目してみてください。ほんの数ミリのシワの有り無しだけで、そのキャラクターの感情が大きく変わる事に、気づかれると思います。
 眉間にシワが寄り、眉毛と目の間が、1ミリ狭まっただけで、キャラクターの顔が、突然怒ったように見える。逆に、ほんの少し、眉間が開いただけで、優しい顔になる。

 登場人物の心情を深く理解し、その微妙なニュアンスを、鉛筆の線だけで表現するのが、アニメーターのお仕事です。

 もうひとつこれに、カゲのつけ方が加わりますが、これはまた、別の機会に書きたいと思います。